バンクーバー在住6年目、世界を股にかけるフリーターちひろうさぎの日記と映画レビュー。

2014/01/04

Cinema Review: The Perks of being a Wall Flower

※映画は基本的に元の音声、英字幕で観ているので台詞の和訳はわたしの個人的な解釈であり、日本語版字幕とは異なります。


The Perks of being a Wall Flower (2012) 『ウォールフラワー』 2013年11月22日日本公開
公式サイト imdb 予告編

学園映画の祖『ブレックファスト・クラブ』やそのフォロワー作品はスクールカースト間の異文化交流を通してティーンの普遍的な悩みを炙り出したけれど、『ウォールフラワー』 ではそれ自体完結した文化系クラスタ内部にフォーカスを当て、彼らの春夏秋冬を学園映画らしいイベントを交えて描きあげている。グループの構成メンバーは従来の学園映画では負け組だったゲイやパンクス(なぜか仏教徒笑)、ゴス娘に年中ハイなスラッカーといったお馴染みのメンツ。この映画の中での彼らは堂々とカフェテリアの一角を陣取り、ジン(同人誌)を発行したりみんなで『ロッキー・ホラー・ショー』に「参加」したり定期的にパーティを行ったり、恋愛もするし学校主催のダンスパーティではちゃんとそれぞれ相手がいて、はっきり言ってかなりリア充だ。リア充なので当然ジョックスやチアへの反逆精神も薄い。これはもうカーストではなく単なる住み分けと言っていいかもしれない。学生時代、文化的趣味を共有できるこんなコミュニティがあったらどんなによかっただろう。もっとも現代の高校生なんかはSNSを駆使して学外に同志を見つけるんだろうけど。

全国のはみ出しっこ諸君が本気で嫉妬するであろう、
夢のような青春

主人公チャーリーがこの文化系サークルに招きいれられるきっかけとなったのは音楽(The Smithsとか)だった。上級生のパトリックやサムに出会う前のチャーリーの音楽の趣味は姉貴の彼氏のミックステープに影響を受けている。彼女が聴きもしないで「こんなのいらない、あんた要る?」とよこしたものだ。『キミに逢えたら!』でもゴミ箱直行を余儀なくされていたミックステープ、すごくロマンチックなプレゼントだと思うんだけどな。ジャケットが手描きだったりメッセージも録音されてたらかわいくて泣いちゃう。まあ、たしかに趣味が合わなかったらウザいだけか。
去年の夏、好きだった人に500曲あまり収録されたプレイリストをもらった。フラれても音楽は残る…グスン。誰の心の中にもmusical soul mate(『キミに逢えたら!』の引用)っているんじゃないかな?カセットテープはmp3と違ってわずかな曲数しか入らないし、シャッフル再生もできない。現代では音楽の受け渡しはずっとカジュアルなものになり、曲目曲順を熟考する必要はなくなった。ミックステープをプレゼントすることの重要性は想像することしかできない。(と若者ぶってみたが実は87年生まれなのでギリギリカセットテープは使っていた世代。その後すぐMDが登場した。)

余談ですがこの映画を観たせいで今はもう会えない500曲プレイリストの彼を余計に好きになってしまい、次に好きになった音楽の趣味の全く合わない男性に興味がなくなってしまった。どうしてくれる。

わたしは音楽は全然詳しくなくて、絶対的に信頼できる趣味の持ち主のオススメ以外は映画を観ていていいなと思ったものを調べて聴く程度なんですが、この作品を観てデヴィッド・ボウイのHeroesとDexy's Midnight RunnersのCome On Eileen、The SmithsのAsleepは速攻ダウンロードした。それからダンスパーティで流れていたこの曲、どこかで聴いたことあると思ったら『アドベンチャーランドへようこそ』のこのシーンで使われていたんですね。すごくいいよね。キュンキュンしちゃう。

The Crowded House / Don't dream it's over




そういえば『アドベンチャーランドへようこそ』と『ウォールフラワー』は主人公が想いを寄せるヒロインは別のロクデナシに恋して傷ついていて…という設定において共通している。『ウォールフラワー』のサムはダメ男好きを自覚していて「どうしてわたしも、わたしの好きな人たちも、自分をゴミみたいに扱うひどい人をわざわざ選んで好きになっちゃうんだろう?」とつぶやく。チャーリーは国語教師の言葉を引用してこう答える。We accept the love we think we deserve. 「ぼくらは自分にふさわしいと思った愛情しか受け取れないんだ」。この後会話は続くんだけどそれはネタバレになるので見てのお楽しみ…。ネタもとの国語教師との会話ではチャーリーは続けてこう尋ねる。「ではそういう人たちに、本当にふさわしい愛情を気づかせてあげる事はできますか?」答えはWe can try。たしかに「うん」とは言い切れない。「きみが初めてキスする人は絶対、きみのこと心から愛してる人であって欲しいから」と言ってチャーリーにキスをしたサムのように、欲しがるんじゃなくて与えることで愛されるに値する人間になることもできるんじゃないだろうか。「少なくとも試すことはできる。」


このサムの行動には深い意味がある。
【この辺りからネタバレ気味】




メインの登場人物は三者三様、不可抗の十字架を背負っていて、青春のほろ苦さどころの騒ぎではない、かなり重たいテーマへと発展していく。そのヒントが序盤からさりげなく挿入され絶妙にダウナーなムードを含ませるなど演出は全体的にはよかったが、小説家志望の主人公の一人称視点で語られるためか、原作小説の作者が脚本監督もしたせいなのか、若干台詞で語りすぎな面が気になった。たとえば終盤の「ドクターが両親に、おばさんが僕にしたことを伝えた時…」というのは完全に蛇足だったと思う。サムに触れられたことをきっかけにフラッシュバックする過去の描写で十分伝わったはず。例のトンネルのシーンもナレーションで語りすぎたために台無し。主人公の目のフィルターを通した主観の映像が美しかっただけに残念。フットボールの試合でサムと初対面するシーンや、『ロッキーホラーショー』、大晦日にLSDをキメるシーンなんか魔法が宿ったように幻想的ですごくよかった(劇場で観られなかったのが悔やまれる!)。美しい瞬間に「美しい」と言っていいのは登場人物ではなく観客なのだ。映画ってそういうものでしょ。

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