バンクーバー在住6年目、世界を股にかけるフリーターちひろうさぎの日記と映画レビュー。

2013/12/28

NY旅行記 完結編

若干息切れ気味だけど絶対年内に最後まで書くぞー!笑

Day 4

あっという間に最終日。昨日の夜食べ切れなくて包んでもらったサンドウィッチとビールが朝食。ホテルのパソコンを借りて今日の作戦を立てる。初NYなので一応自由の女神は見ておくか。フェリーに乗るらしいとは聞いていた。お天気がいいのでちょうどいいわん。


ホテルをチェックアウトしてスーツケースだけ預かってもらう。高い天井にふかふかベッド、古いけれどきちんと手入れされていていかにもNYらしい素敵なお部屋だった。ロケーションも最高。(しかしブラインドの開閉方法が不明。)

事前調査で船着場があるバッテリーパークまでは地下鉄で一本とわかっていたのだが、どうやら調べ間違えたようでホテルの最寄り駅からはお目当ての路線が出ていないようだった。iPhoneはあるけど駅にwi-fiないし、路線図もないし、駅員も見当たらないので聞き込み調査しか手段がなくなった。ていうか路線図くらい入手しておきなさいよ自分…。たしか目的地は南なのでとりあえず適当に南(Downtown行き)の電車に乗ってみる。適当に大きそうな駅でいったん降りてなるべく地元民ぽい人に話を聞いてみる。やはりみんな親切。もっともこの日は日曜日でダイヤが変則的で、ニューヨーカーも戸惑っている様子だった。電車の車内には電光案内板があるのでそれを見てから踵を返す人や、「今日は急行はないらしいで!」と教え合っている人々。駅に着いてからも「平日の○時~○時及び週末はこの出口は閉鎖」など、なかなかの不思議なダンジョンぷりである。

Bowling Green駅というところに「フェリーに乗り換え」と書いてあるのでここで下車。適当すぎ…こんなんでよく着いたな。駅を出てからはちゃんと観光地らしく看板があってそれに付いて行った。チケット売り場が混雑すると聞いたのでホテルのパソコンで事前に購入してきたのにガラガラ。なーんだ、クレジットカードの番号入力したりメールチェックしたり、かえって時間かかっちゃったじゃないの。船に乗る前に空港のような厳重なセキュリティチェック。エンパイアステートビルディングも、グラウンドゼロも、やっぱり911以降は厳しいんだな。

フェリーはあまり待たずスムースに乗れた。晴れて太陽が暖かいと思いきや、出航したとたんデッキは風がビュービュー吹いて極寒である。

マンハッタンとしばしのお別れ

風が強くて涙が出ちゃう

どうして船に乗るとせつない気持ちになるのだろう。こう寒くて雪が残っているとなると、これまた風情がある。無意味にシブい顔。ふるさと離れてたったひとり海を渡る…アンタだけが頼りさ。あゝカモメよカモメ、浮雲の二人は幸せになれるのかい?的なストーリーをでっちあげてウットリ。

わ!だんだん近づいてきた!

キターーーー 自由の女神さんや!

妄想から目を覚ますとオウ、say can you see。自由の国アメリカの象徴、Statue of Liberty! かっこいい!写真や映画でさんざん見たので今更ねえ、と若干渋々だったのだがやはり実際見るとグっとくるものがある。わけもわからずとりあえず自由サイコーと思った(名前しかわかってない笑)。ジミヘンがウッドストックで奏でたアメリカ国歌が頭の中にビリビリ流れる。

自由の女神さまがおられるスタテン島に降り立ってお散歩するだけのコースの他に、予約制の台座まで上がれるコース、そしてなんと女神さまの冠まで登れるコースまであり当然チケットの値段が少しずつ違うのだが(値段は大して変わらないのだがさすがに冠は予約が取れない)、高いところが好きなわたしは台座まで行ってみることにした。階段つらい…



超至近距離でみるとドレスのドレープとかすごく凝っていて感心。このチケットで自由の女神の歴史や、建設の過程などが見られるプチミュージアムにも入れてなかなか楽しかった。

自由からの逃走』という本がある。みんな自由がこわくて自由から逃げているのだ。自由には責任が伴うだけでなく、人をひとりぼっちにする。だから人は自由を売り払ってでも集団に所属するほうを選ぶ。所属する集団のイデオロギーが正しいかどうかとか、所属して心地よいかどうかはもはや関係ない。(ナチズムを扱った本なのだが導入部はこう。興味ある人は是非。)わたしはさしずめ自由から逃げ出した人たちから逃げ出した格好か。
とはいえアメリカという国は自由というドラッグの副作用を知るための最適の(最悪の)実験場である。知れば知るほど病んだ国で、そこがまた魅力的でもある国だ。違う国なんだから当たり前だけどアメリカとカナダは全然違う。
というのはミュージアムで学んだお話ではなくわたしが勝手に自由という言葉から連想したお話。

すんげーかわいいバービーさん。
やはり買えばよかったか…

地味に飛行機の時間が気になりだしたのでホテル方面に戻ることにした。なにしろ適当に来たのでまた適当で帰れるとは限らないのだ。でも適当に帰れた。ここからさらに観光するには時間が足りないし、空港に向かうには少し早いのでまたグランドセントラル駅で降りてみた。当然足が勝手に動いて例のオイスターバーに連れて行くのだが、がーーーーーーん!日曜定休!


かなしい…牡蠣で始まって牡蠣で終わるっていいじゃない、と思ったのに。4日間ほとんど100点満点に楽しかったのにここで10点マイナス。でもまたこの駅に来られただけでよかった。大好きな場所。プラス10点。ポジティーブ!またまたしつこいようだが、一年振り返ってみるとつらいことも全部あってよかったと心から思う。つ、つよがりじゃないぞ!結果オーライ。100点満点の人生、ドルチェ・ヴィータ。


あまり遠くまで行きたくなかったのでホテル周辺を散歩。どこを歩いても絵になる街。
やり残したことはもちろん山ほどある。なにげにちゃんとタイムズスクエアやブロードウェイを見てないし(バスで通りがかっただけ)、クイーンズボロ橋もブルックリン橋もどこにあるかよくわかんなくて『マンハッタン』ごっこできなかったし。

NYといえばウディ・アレンでしょ?
「実に偉大な街だ。魂を奪われてしまう」(『マンハッタン』)

寂れまくったコニーアイランドにも行ってみたかったし、夜遊びもしてみたかったし。レナ・ダナムに偶然会いたかった!NYって、東京と同じで強く念じたら会いたい人にちゃんと会えちゃう街のような気がする。でもいいの。まだまだやりたい事が残っているほうがいい。ありがとうニューヨーク、絶対また戻ってくるからな!


【完】

2013/12/24

NY旅行記 中編

Day 3

目が覚めてブラインドを開けると、雪、雪、雪!(また写真撮り忘れ…)現在進行形でワッサワッサ降ってるので、室内レジャーにいそしむことに。Whitney Museum of American Artで現代アートに触れる。

と、その前に腹が減っては戦はできぬので館内に入っているレストランで食事。美術館にあってUntitled(=無題)とはこれまたオシャレすなあ。なんだか子供多いなあと思ったら今日土曜日なのね。

212-570-3670
945 Madison Avenue at 75th Street
営業時間 水、木11:00-18:00
金 11:00-9:00
土日 10:00-18:00
定休日 月火 

アメリカに来たのでバーガーを食べようとThe Untitled Burgerというのをオーダー。なぜかuntitledをultimateと読み間違える。どうやらこのお店パンに力を入れているらしくてバンズがパリっとフワっと、かつ風味豊かで美味しかった。お肉はミディアムレアで頼んだのにけっこうレアレア…まあ旨ければなんでもいいです。思わずナイフとフォークを構えたくなるようなしっとりお上品なお味で、ビールもいいけどワインも飲みたいなあと思った。美術館であんまり酔っ払うのもアレなので我慢。

公式サイトより

メインの展示はRITUALS OF RENTED ISLAND: OBJECT THEATER, LOFT PERFORMANCE, AND THE NEW PSYCHODRAMA—MANHATTAN, 1970–1980というタイトルで、パフォーマンスアートやインスタレーションの類。よってビデオ展示が多くて全部見るのにかなり時間がかかった。で、感想はというと正直よくわかんなかったです。まあこうなるのは見る前からわかっていたのだ。たとえばわたしが何か作ってあそこに置いたらいったいどれくらいの人がペーペー素人の出鱈目作品だって気づくだろう?アート的な文脈にそれらしく置けば、空っぽのハリボテでもアートになるんだもん。(という素朴すぎる命題を、現役超人気アーティストのバンクシーが提起したドキュメンタリー『Exit Through the Gift Shop』 は傑作。あれ見てバンクシー好きになった。)「なんだかよくわかんない」という結論は見る前からわかっていたとしても、したり顔で理屈をこねてみたり、子供のように無垢な気持ちに戻ってみたり、見終わった頃には脳みそがすっかりクタクタで、やっぱり美術館っておもしろい。そうそう、街の中でもヒップなエリアというのは時代とともにどんどん移り変わるもので、地図の資料は初めてNYに来たわたしはとても興味深いものでした。2日目にひと昔は超イケてたらしいイースト・ヴィレッジというエリアを散歩したんだけど、本当に「昔はイケてたんだろうなあ」という雰囲気でウケた。今がイケてないというわけでなく、昔イケてたっぽいっていう。今はどこらへんが一番イケてるんだろう。

お手洗いは下のフロアに行かないと無いと言われ、ついでにT. J. WILCOX: IN THE AIRという作品も見た。ぐるっと円柱状のスクリーンにマンハッタンの風景が映し出されるというもの。これはどこか高いところに昇って直接見ればよいのでは?(アーティスト泣かせの身も蓋もない感想) ワークショップの子供グループが熱心にスケッチしていて微笑ましかった。わたし、本当に子供が好きだ。

雪は止むどころかますます強くなったみたい。帰りは初めてバスに乗ってみた。公共交通機関は地元の人の生活に紛れ込むようでおもしろい。NYの人は運転手に挨拶しないんだなー。バンクーバーでは乗るときに「ハロー」、降りるときに「サンキュー」と叫ぶ人が多い。わたしも必ず言う。英語圏の人は日本人よりもずっと挨拶を大切にする。
バンクーバーにしろNYにろ、ストリートはほぼ碁盤の目で東京に比べるとずっと単純なので大まかな方角がわかっていれば目的地近くまで迷わず行ける。東京にいたときはiPhoneの方位磁石なんか使ったことがなかった。

NYのバスはアナウンスがないので注意深く窓の外を見ている必要がある。サンタのコスプレの人を見かけてニヤニヤしていたら、ストリートを上がるほどにどんどんサンタ増えてきて、最終的にアジトを突き止めた。会議でもあったのだろうか。


今回の旅の主要目的であるジョン・ウォーターズ先生の講演会まで微妙な時間があいたのでホテルで休憩。緊張を紛らわすようにお化粧直しと着替え。先日自分への誕生日プレゼントに買ったジェフリー・キャンベルの15cmプラットフォームを解禁。雪が積もっているときは案外こういう靴がラク。充分時間に余裕をもって会場のクラブ、Stage48へ向かう。会場に着くとまずはIDチェック。こないだ手に入れたばかりのカナダの運転免許証をドヤ顔で見せつけ。海外ではいついかなる時でもIDを携帯しなければならない。といっても、NYで提示を求められたのはこの時一回だけだった。バーでも酒屋でも完全スルー。カナダではもう慣れて、聞かれる前に手元に準備するようにしているので拍子抜け。アメリカのほうが甘いみたい。

かなり早く着いてしまい、まだ誰もいない。緊張を紛らわすため会場内のバーでワインを煽り最前列を確保。師匠監修のクリスマスコンピ『A John Waters Christmas』が大音量で流れていて早くも半泣き。それにあわせて歌っている他のファンを見てますます泣き。


この空間には彼のファンしかいない。そのことを思うだけで胸がいっぱいになる。同じ映画を好きな仲間は世界中にいる。もしもその仲間に出会えたとしたら、名前を知らなくたって国籍が違ったって一瞬で友達になれちゃう。これが映画について好きなことのひとつ。邦題だと通じない場合があるので、普段から意識して原題(もしくは英語タイトル)をチェックするようにしている。

隣の席のオバチャンは、そのまた隣のお姉さんと母娘らしい。なんてクールな家族!ジョン・ウォーターズの作品で一番好きなのなに?と聞かれて咄嗟に『シリアル・ママ』ですと答えたら(本当は『モンド・トラッショ』が一番好き)、「well, あたしがシリアル・ママよ!」だって。かっこいい。他にもいろんな人に話しかけてもらってすごくうれしかった。わたしは就職のためでも資格試験のためでもなく、人と繋がるために外国語を勉強している。
ちなみに客層は割と若めで、さすがにエキセントリックな風貌の人が多かったです。

そして8時、いよいよ開演。うはああああああああ本物のジョン・ウォーターズだ!最前列なので高めのステージを見上げるかたちになり、かなり神がかって見える。神がかってるっていうか、実際神なんだけどね。なんという眩しいオーラ。スポットライトのせいではなく、本人が発光していた。背筋がビシっと伸びて超かっこいい!いつもながらスーツの着こなし完璧、小物のコーディネートも素敵。コムデギャルソンかなーと思ったらやっぱりそうだったみたい。「趣味のいい悪趣味」というのは彼の根本思想だが、いくらなんでも品が良すぎる。

「こんばんわ。ジョン・ウォーターズのクリスマスの大虐殺へようこそ」と口火を切るや否や、軽やかにステップを踏みながらよどみなく喋る、喋る。あまりの興奮に気を失いそうになりながらも必死に話題に付いて行く。は、はやい…そしてマイクと口が近い…笑。聞き取れないところもあったけど、内容は著作やインタビューで予習していたものと結構かぶっていたのでだいたい理解。いちいち皮肉たっぷりで超笑った。クリスマスにもらってうれしいもの・いやなもの、クリスマスソングの話、ジャスティン・ビーバーに会った時トレードマークのヒゲを褒められた話(よっぽど嬉しかったみたい)、ヒゲを描くのはメイベリンのアイブロウペンシルでなければ絶対だめな話、来年出る新著の宣伝、あとはゲイネタが多かった印象。これはちょっと意外。昔からごく自然にカムアウトしてはいるけれど、こんなに積極的にネタにするようになったのは最近になってからのような気がする。うしろの席の男性カップルは虹色プライドT着てたし、まあゲイに人気があるんだろうな。
映画の話に出てきた名前はダグラス・サーク、ファスビンダー、ペドロ・アルモドバルあたり(だっけ?ちょっとうろ覚え)。このへんはもうお馴染みですね。ちなみにベストクリスマスムービーは『サンタが殺しにやってくる』だそう。これもファンの間では常識。自身の過去の映画やそれにまつわる思い出話にはあまり言及していなかったと思う。なんだかんだで自己ベストであろう『ピンク・フラミンゴ』と、資金不足のため製作が進まない(中止になった?)『Fruitcake』の話は少し。あ、あとFinal Destinationシリーズに出てみたいって言ってた笑。そうそうジュリアン・アサンジの話もしてたっけ。結構インターネットとかするのかなあ。質疑応答コーナーで聞けばよかった。こういうトークショーは割とよく行くんだけど、一度も質問できたことがない。手を挙げるタイミングがつかめないのだ。今回も無理だったなあ、シュン。矢継ぎ早に飛ぶ質問に一瞬のギャップもなくキレキレの答えを出してみせる頭の回転の速さには感動してしまった。身ひとつ、マイク一本で観客を惹きつけられる人は本当にすごい。

楽しい時間はあっという間。これだけで感無量なのにさらにこの後VIPチケットを持っている人はご本人に直接meet and greetできるのだ。


どやあああああ!本物やで!マダム・タッソー蝋人形館とかじゃないで!
与えられた時間はごくわずか。とりあえず「は、ハロー…お会いできてとても光栄です」と声をかける。「来てくれてどうもありがとう。ハワユー?そんな薄着で寒くないの?」や…優しい(涙)


わたしが小さい頃から魂の拠り所としてきた聖書、『悪趣味映画作法』にサインをもらった。「これは『Shock Value』の日本語版です」と説明すると「えー日本でも出てたんだ?知らなかった」とのこと。いやいや知らなかったのかよ笑!多分知ってるけど忘れちゃったのだろう。こういう博学な人は日常の細かい記憶をどんどん捨てていくからな(わたしの大学のお師匠様がそうだった)。「そういえば東京に行ったことあるよ」これは忘れていなかったらしい。最後に来日したのは『セシル・B /シネマ・ウォーズ』の時だったはず。

「こっちおいで、一緒に写真を撮ろう」と言われ、スタッフの人にiPhoneを渡す。もう少しお話したかったけど案の定緊張で脳がショートし、もはや白目。そうこうしているうちにいわゆる「剥がし役」の人に促され神との直接対話を終えたのでした。最後にもう一度「ありがとう」と言ってくださった。ううう…泣ける…

運よくすぐにタクシーがつかまり、ホテルの隣のパブで飲んでいたら緊張の糸が切れて一気に涙がこぼれた(相変わらず意味不明なタイミングで泣く人)。わたし…本当にジョン・ウォーターズに会ったんだ、直接お話したんだ。これから先どんな困難が待ち受けていても、この思い出があれば生きていける。一生の宝物ができました。


思った以上に長くなってしまったのでここまでを中編としまして、次回後編で完結させるようにします。最後まで読んでねー!前回の投稿、お友達からはけっこう評判よくてうれひー。文章を読んでもらえること、褒めてもらうことは何よりもうれしいです。ありがとう。



【参考URL】JW先生のお話の内容をあまり覚えていなくて情けない。。。同公演をとりあげた記事を置いておきますのでご興味ある方はどうぞ。これらを訳してコアなファン向けにもうすこし詳しく書こうかなあと考えてはいます。

2013/12/21

NY旅行記 前編

去る12月11日から15日まで、三泊四日でニューヨークに旅行してきました。長文注意。

Day1

オープニング番(午前6時出勤)で仕事してから夜便でNYへ。虚弱体質のわたしにとってはこれだけで殺人的スケジュールである。フライトは約4時間。バンクーバーとNYに3時間の時差があるとは知らなかった。全然寝てないじゃないかー!JFK空港からダウンタウンへはバスで1時間弱。噂には聞いていた渋滞に辟易。電車にすればよかったなあと少し後悔するも、後で電車に乗ったらやっぱりバスでよかったと考え直す。

ホテルに荷物を預けて、まずは景気づけに牡蠣とシャンパン。


212-490-6650
89 E 42nd St, New York
営業時間 月~土 11:30-21:30
日曜定休



The world is my oysterという慣用句がある(実際レナ・ダナムがラジオで言っていた)。直訳すると「世界はわたしの牡蠣」。シェイクスピアの引用で、自分の手で牡蠣をこじあけて真珠を手に入れてみせる、世界は俺の思いのままだ、という意味。なので牡蠣は縁起のいい食べ物だ。欲張ってプリプリの生牡蠣盛り合わせを平らげる。続いてカキフライとビール。涙が出るほどうれしくて美味しかった。NY着いて数時間ですでに幸せの絶頂。しつこいようだけど今年は本当に苦労が多かったので、幸せがジンジン心に沁みる。奪い返した自由。世界は思いのままだ。

1913年オープンのこの歴史あるオイスターバーはGround Centralという駅の構内にある。ランチに遅しディナーに早しの微妙な時間だったのに激混み。混んでいるというとちょっと違うな、活気がある、だ。広ーい店内に大勢のスタッフがテキパキ働いていてちゃんと待たずに座れた。カキやチャウダーをつまみにサクっと一杯ひっかけているおひとりさまが結構多い。通勤途中にこんな使い勝手のいいお店があったら毎日誘惑に勝てないだろうな。レトロな内装や雰囲気も最高。映画の中にいるみたい。



4日間の滞在で素敵なものをたくさん目にしたけど、実はこのGround Central駅が一番気に入った。ただの駅なんだけど何か新しいこと、面白いことが起きそうな高揚感が充満している。『エターナル・サンシャイン』『ステイ・フレンズ』『キミに逢えたら!』など好きな映画に繰り返し出てきた場所。高い高い天井のアーチをはじめとした建築様式や、たくさんの人がひっきりなしに行き交う様子は圧巻で、いつまで眺めていても飽きない。急にフラッシュモブ(ネットなどで知り合った有志が公共の空間でゲリラ的に行うダンスパフォーマンス)が始まったら…と想像してワクワク。

テンションアゲアゲのまま(ここまで書いて気づいたんだけどわたしの日本語ボキャブラリはアップデートが必要だ)、エンパイアステートビルディングに昇ってみた。高いところ大好き。


言うまでもなくNYを唄った歌はそれこそ数え切れないほどあるのだが、わたしにとってはやっぱりアリシア・キーズとJay Zのアレなのよね。すまんねミーハーで。昔はニューヨーク♪の部分しかわからなかったけど、今なら歌詞が聞き取れる。
New York, concrete jungle where dreams are made of / There's nothing you can't do / Now you're in New York / These streets will make you feel brand new, the lights will inspire you / Let's hear it for New York...(ニューヨーク、夢でできたコンクリートジャングル/不可能なんてひとつもない/ニューヨークのストリートは新しい気持ちをくれる/街の明かりがあなたをインスパイアする/ニューヨークに喝采を送ろう) 
この曲を聴きながら想像していたNYという街に、ついにやって来た。当たり前だけどエンパイアステートビルディングにいるのでエンパイアステートビルディングは見えない。クライスラービルは見えた。NYといえば、『パラサイト・イヴ』っていうプレステのゲームも思い出す。1998年だって。ひえー15年前。

展望台は外にも出れるようになっているのだが風がビュービュー吹いて生命の危機を感じるほど寒い。この日の気温は氷点下6度だか8度程度で大したことないのだが(一応カナダ在住なのでこのくらいでは動じない)、体感温度は氷点下15度くらいに感じる。とにかくバンクーバーよりはずっと寒くて凍えそうだ。ニューヨーク=オシャレと思ってちょっと気取ったドレスばかりスーツケースに詰めてきたが、案の定外人はオシャレ無視で防寒に走っていた。明日は手持ちのものを全部重ね着することにしよう。

半端な時間に食事したのでお腹がすかず、夕飯は適当なパブでビールを飲んだだけ。まだまだおぼつかないレベルとはいえ、こういう何気ない瞬間に英語話せてよかったなーと思う。勝手にNYの人は冷たいかもと想像してたんだけど、全然そんなことなくてバンクーバーと同じくらいフレンドリー。ナンパや怪しいセールスというわけではなくて(もちろんそういう場合もあるけど)、たまたま居合わせた知らない人同士が会話するのが当たり前という感覚は日本ではちょっと味わえない。バーで、クラブで、電車で、コンビニで、エレベーターで、異なるバックグラウンドを持った人たちが共通の言語を介して出会っては離れていく。短いハローとグッバイ。無数に煌く電灯ひとつひとつに、無数の物語が宿っている。


Day2

とにかく寒いので外を出歩くだけで消耗してしまう。あまり張り切らずに昼ごろホテルを出発。地下鉄に乗ってチャイナタウンへ。


NYの地下鉄、殺風景すぎィ!狭くて暗くて汚くてネズミの巣みたい(じっさいネズミの巣も兼ねているだろう笑)。よーく思い出してみると東京もたいして変わらない気もするのだが、オリンピックのときに見栄えよく、と建設されたバンクーバーの超クリーンな地下鉄に慣れすぎたせいか最初かなり怖気づく。昔と違って今は治安は心配ないそうなのだが、それでもoff hours waiting areaとかあった。ラッシュ時間外で人が少ない時間帯はこのエリアでみんなまとまって電車待ちなさいよ、人気の少ないところで何か危険があっても知らんからねというスペースである。女子ひとりでガラガラの終電に乗るのなんか余裕すぎるバンクーバーと比べると衝撃的。東京よりよっぽど安全な街に住んで二年弱、わたし平和ボケしすぎてるな。あとNYにはバリアフリーのバの字もなかった。スペースに限りがあるから仕方がないとはいえ、エレベーターどころかエスカレーターもないし改札狭いし、段差だらけで車椅子やベビーカーの人はどうするんだろう。バンクーバーは多分法律で決まっていて、何もかもバリアフリー。

チャイナタウンには小さい土産物屋、レストランやグロサリー、魚屋がずらっと軒を連ねている。東京に行った時に街中で新鮮な魚を買えることに驚いたけど、NYもとはね。バンクーバーのスーパーにはロクな魚がなくて、魚屋も滅多になくて、市場まで行かないと買えないのできっと外人は魚に関心がないんだと思っていた。海が近いのにどうしたことだろう。

このあたりから写真を撮るのがおっくうになっている。ブロガー失格。お昼は中華粥を食べた。シーフードどっさりで美味。温まるー。酒を置いてなかったのが気になったけど、ここでビールを飲んだらまた身体が冷えてしまっていただろうから飲めなくてよかったのかも。そんなら紹興酒飲みたかったな…アルコール依存症は自覚している。まあ、若さの一部だろう。


限られた時間の中で、グラウンドゼロは絶対に訪れておきたかった場所のひとつ。昨日エンパイアステートビルから見えたひときわ個性的なビルたちは4WCと呼ばれる新貿易センタービル群だったと判明。なにしろ、前に進まなくちゃね。


旧WTC跡地はこんな風に滝のモニュメントになっている。もちろん二つ。四方に犠牲者の名前が刻印されている。奈落の底は見えず、しずかに自分の白いため息が吸い込まれていくのをぼんやり眺めていた。2001年9月11日、わたしにとっては9月12日かな。朝中学校に登校すると社会科の先生が「すごいことが起こったぞ。これはな、歴史が変わるぞ」と力説していたのを思い出す。あれから12年、いま悲劇の現場に立ってみて…何も頭に浮かんでこなかった。とりあえずシュンとしてしまった。悲しい、悲しいねえ。誰だって傷つきたくはないし傷つけたくもないはずなのに、どうしてこんなことが起こるのだ。

眉間にしわを寄せて追悼記念ミュージアムもじっくり見ていたらあっという間に夕方になった。
もう一つ、NYでどうしてもやりたかったのがロックフェラーセンターでアイススケートである。人ごみを掻き分けてこの巨大クリスマスツリーが見えてきたときは感動した。『ホーム・アローン2』や『エルフ』、いろんな映画で見たアレだ!ギンギラまぶしい!
     


並んでいる間に氷上でプロポーズがあった。大勢のギャラリーに熱烈祝福されててマジでうらやましかった…いつかわたしと結婚したがる猛者とか現れるんだろうか。いや、ありえないな。ていうか万が一何かの間違いでプロポーズされたとしたら、多分それは何かの間違いなので全力で「よく考えたほうがいい」と止めると思う。

1時間以上外で並んで、40ドルくらい払ってスケートリンクに入ったんだけど寒すぎて震えが止まらず、10分程度で退散。それでも超満足。今もスローモーションで思い出せる、夢のように美しいひととき。半透明の銀盤にツリーの光が滴ってアイスキャンディみたい。はっぴーーー!クリスマスっていいもんだなあ、と素直に思った。

いよいよ寒さが厳しくなってきたのでホテル方面に戻りつつ、途中エンパイアステートビルディングの隣にあるロティサリーチキン屋でディナー。外にBreweryと書いてあったので無意識のうちに吸い込まれていた。運動(スケート)の後のビールは美味い。ブルックリンラガーとかそんなようなのをオーダー。旅行に行った時は基本的にその地名が入ったビールを選ぶようにしている。しっとりロティサリーチキンとなめらかマッシュポテトの組み合わせ、だあいすき。楽しい、おいしい、幸せ、幸せ。こんなに幸せでいいかしら。うん、いいんだよ。幸せになることは後ろめたいことなんかじゃない。代償を支払う必要もない。


Heartland Brewery Empire State店
212-563-3433
350 5th Ave. at 34th St
営業時間 月~日 11:00-23:00

写真見てたらまたチキン×マッシュポテト食べたくなってきたのでちょっとスーパー行ってきます…そして長くなったのでこのへんで一度切って、後編に続きます。

次回予告: ホイットニー美術館でアート気分の巻、自由の女神に会って自由ばんざいの巻、そしてジョン・ウォーターズ大先生のありがたい講話を聴きに行くの巻、以上三本立てでお送りします。お楽しみに!

2013/12/06

カナダの運転免許を取るの巻

実はわたし、日本の運転免許を持っているのだ。えっ?運転してるの見たことないって?そりゃそうでしょうよ、卒業試験から一回も運転してない筋金入りのペーパードライバーだからな、、、わたしにとって免許習得は大学入試センター試験よりずっと難しかったです。イヤア、苦手なものに手を出すもんじゃないねえ。相変わらず未使用のまま更新月が来てしまったけど日本に行く予定は当分ないのでこれを機にカナダの免許に切り替えることにしました。運転する気一切ないけど失効したら悔しいし。ちなみに国際免許というのもあるんだけど、それは一時的に旅行する時用であって、日本の免許と一緒に携帯しないと意味が無い。BC州の写真つきIDは免許証以外にBCIDというIDカードがあるので今まではそれを使ってました。運転しないけど身分証明書が必要という人はこれで十分。酒屋、レストラン、クラブやカジノでは童顔だろうが老け顔だろうが実際老けていようが必ずIDの提示を求められますが、パスポート持ち歩くのはこわい。よく考えてみたら日本で免許を取った理由って身分証明書が欲しかったからだったわ。日本って手軽に取れる写真つきIDがないよね…。

カナダで免許を取る場合は教習所に通わないでいきなり試験を受けるらしい。教習所に通わないでどうやって運転技術を身につけるかというと、免許持ってる人(一般的に家族)といきなり公道に出て練習するらしい。おいおいそんなんで大丈夫かいな。

わたしのように日本の免許と半年以上のビザを持っている場合は試験は免除でカナダの免許に書き換えできます。まずは領事館で日本の免許の内容を英語で証明する書類を作ってもらう。

 #900 - 1177 West Hastings St. Vancouver
 604-684-5868
開館時間 月~金 9:00-12:00/ 13:00- 14:30

Hasting × Bute のあたり、イケてるオフィスビルの9階に領事館はあります。悪名高いHasting stといっても危ないのはダウンタウン東のごく一部だけなのでご安心を。

領事館が入っているビルのエントランス
 
受付で番号札を取ってしばし待ちます。「○○番の番号札をお持ちのお客様」と電子音声が日本語で流れ、急に日本にトリップ。ここの手続きは日本語でオッケーです。いろんな証明書の作成や、わたしはネットで済ませた在留届の提出、カナダ人が日本に行くビザの相談などをしてくれるところらしい。
 
翻訳証明発行には、以下引用
 ○ICBC作成Foreign Driver's Licence Details (MV2943) 原本予め最寄りのICBC運転免許センター(当館最寄りのセンターは、ハイアットホテル地下、221-1055 West Georgia Street, Vancouverに所在。TEL: 1-800-950-1498)で申請書原本を入手され、当館までお持ちいただきますようお願いします。
○申請者名義の有効な日本の運転免許証及びそのコピー1部
○申請者名義の有効な日本のパスポート及びカナダ滞在査証
引用おわり、が必要とホームページに書いてあったけど実際は日本の免許とパスポート(ビザ)を見せただけ。 Foreign Driver's Licence Details (MV2943)とやらは事前に免許センターでもらうかダウンロードして記入しておくとスムーズなんでしょうが普通に窓口でももらえました。名前、住所、電話番号など簡単に記入。在留届は出しているかも聞かれ、出しているけど一度引っ越したので内容をアップデート。久しぶりに日本語で話しかけられると焦るわー。だって日本人って別れ際何て言うの?サヨウナラって言うのも変だし領事館の人にバイバイだとやっぱり変だし。いつもはSee yaとかHave a good oneとか言うんだけど。あ、「では失礼します」か。今思い出した。

証明書ができるのには一週間かかります。一週間後もう一回領事館に出向いて翻訳証明をゲット。受け取りの時も身分証明書が必要です。手数料25ドルを現金で支払い。


これを持ってICBCへ。ダウンタウンだとBurrard × GeorgiaにあるRoyal Centreというモールの地下にあります。BCIDを取るときもここ来た。

モールといってもショボいよ
一応Burrard駅と直結。

Burrard stはカナダに引っ越して来たばかりの頃よく歩いていた思い出深いエリアだったりします。しかしダウンタウン、どこもここも改装工事中だなー。まだまだ未完成な街。

ICBC免許センターはタイミングが悪いとめちゃくちゃ待たされるんだけどこの日はラッキーで10分くらいで順番が来ました。パスポートと、パスポートにホッチキス留めされたビザ、日本の免許証、さっきもらった翻訳証明を出して、手数料31ドルを支払い視力検査と写真撮影。なぜか髪の色、瞳の色、身長体重を聞かれます。カナダの交通ルールを口頭で簡潔に説明されて、仮免をゲット。二重で持ってるとややこしいからとかで日本の免許はこのとき没収されてしまうので、一応コピーを取っておきましょう。また日本の免許に切り替えたくなった時などに必要らしい。


免許カード現物は一ヶ月以内に自宅に郵送されてきます。2年間有効。これからも運転しないつもりだけど万が一の時は俺にまかせろ。バンクーバーの人は運転がめちゃ荒いです。交通量の多いところで堂々信号無視とかザラなので歩行者も普段から本当に気をつけてないと普通に轢かれる。ワークビザ取りにお隣のアメリカに行った時、運転してくれたニコが国境を越えた途端「あーアメリカの人は運転が上手で親切だなあ。安心、安心」と言っていたのが印象的でした。本当かどうかは知らん。ちなみにカナダの免許証はアメリカでも使えます。日本では使えません。


2013/11/29

The hives incident 蕁麻疹との戦い

水曜の朝、目が覚めると唇に違和感を覚えた。鏡見てびっくり。

\ナンダコリャーーー/

完全に一致

 唇おばけ!痛くも痒くもないんだけどとにかく腫れている。歩いた衝撃でブルンブル揺れて、身体全体が唇になったような気分だった。こんなの初めて。バイトに行って、帰ってシャワー浴びて、もともと風邪気味だったのですぐベッドに横になって休んでいると…で、でたー蕁麻疹!


子供の頃から蕁麻疹が出やすい体質なんだけど、ここまでひどいのは久しぶり。全身に世界地図のように炎症が広がり、さらに胸がドキドキして息苦しかったり耳も聞こえずらくなっていた。これは危険な状態。パニック状態で下階に降りてニコに「あわわわわわ I think I need to see a doctor」(病院に行かなきゃだめかも)と伝えると、何も聞かずに「まず落ち着いて、上着と保険証を持ってきて」とだけ言って車を出してくれた。車内でかゆいかゆい、こわいこわいと取り乱すわたしの手をずっと握っていてくれた。ちょっと泣きそうになっちゃう。

ぴーぽーぴーぽー
(救急車は有料なので自家用車の中で自分で言っている)
Vancouver General Hospital Emergency Department
920 W 10th Avenue
Vancouver, B.C. V5Z 1M9
604-875-4111

近所のウォークインクリニックはもう閉まっていたので総合病院の急患で診てもらった。ようやくカナダの国保MSPが活躍する出番が来た!月66.50ドルも払ってるんだもん、使わなきゃ。受付で保険証を出し簡単な問診を受け、しばらく待ち、奥で詳細な問診を受け、しばらく待ち、カルテ登録をして、しばらく待ち、やっと処置室へ。で、問診。て、同じこと何回言わせんねん!話通しておいてよね!

思えば唇が腫れたのが最初のサインだった。腫れるという単語を知らなかったんだけど今回覚えた。be swollenという。かゆいはitchy, 蕁麻疹はhives。息苦しいはhard to breathe, 耳が腫れて聞こえづらいはI have difficulty hearing now. My ears are puffy とか言って説明した。 アレルギーallergyは発音が難しく、アにアクセントでアレジーと言う。何に対してアレルギーはbe allergic to (何か)。I have no idea what I'm allergic to... 緊急外来では誰も彼も急いでいるのでこちらも急かされているようで、テンポよくはっきり病状を伝えるのが難しかった。もう必死。いつから、どんな風に、薬は飲んだか、何を食べたか。こんなの日本語でも難しい。 何かにアレルギーを起こしているようなのだが何も思い当たらない。化粧品や洗剤を変えた覚えはないし、いつもどおりお昼バイト先でまかないを食べて夜は適当にラーメンとか作って食べてた。5年くらい前に日本で精密に検査してもらったのだがその時も結局わからなかったのよね。単に身体が弱っているのかなあと思うけど。

海外ドラマで見たことある腕のネームタグ

処置室では注射を打ってもらって、その経過を見るために一時間くらいはそこに居たかなあ。この注射、けっこう副作用がキツくてクラクラした。携帯も持たずに飛び出てきたニコが暇そうだった。何話していいかわかんない。ドクターに「大丈夫だと思うけどまだ副作用があるかもしれないからしばらく彼女から目を離さないでね。君はボーイフレンド?フレンド?」と聞かれて「グッドフレンドだ」と答えていた。そこビミョーなんだから余計な事聞くなよな、ドクター!病院で過ごした時間はトータルで2時間くらい。not too bad, eh? MSPでカバーされたのでここでのお会計はナシです。

ドクターからの指示は手持ちのアレルギー薬を症状が収まっても飲み続けることと、それと一緒に飲むと効きがよくなる飲み薬を処方するからそれを飲めとのこと。23時までやってる薬局にギリギリ滑り込み。薬剤師のお兄さんがいい人で、ニコがオススメの咳止めはどれかと聞いたら無料のサンプルまるまる一瓶をくれた。なんでも聞いてみるもんだなー。わたしたち、同じ種類の風邪で苦しんでいるのだ。夜になると咳が止まらない。彼が先だったのでうつされたみたい。最近キスしてないのになんでだろう?ははは。

おうちに帰ったらニコがすきっ腹に薬はダメと言ってご飯をつくってくれた。や、やさしすぎる…でもブロッコリーが生だった…これフランスでは普通なのかい?


ニコが居て本当によかった。夜開いてる病院なんかどこにあるか知らなかったし、どうやって病院にチェックインするのかも知らなかったし、英語もよくわかんなかったし、超パニクってたし。自分で家賃払って税金払って保険料払ってすっかり大人になったつもりでいたけど、まだまだわたし赤ん坊のままだなーと痛感。ニコがいないと何もできない。彼がいつもいつまでもそばにいてくれたらいいなあと思うけど、彼は彼女は欲しくないみたいだしわたしも別に彼女になりたいわけじゃない。でも彼に他に彼女ができちゃったらさみしくて耐えられないだろうな。当分そんなことはありえない、と彼は言うけれど。

注射が効果テキメンで、蕁麻疹ほとんど消えたので次の日もバイトしてたんだけど、夕方になるとまた痒くなってきて前日よりもっとひどいことに。また同じ病院へ駆け込む。「昨日も来たんですけど」って言ったのにカルテめくりながら「えーとお腹が痛い人だっけ?」とか言われた。違います!

デジャヴ

また注射を打ってもらって、こんどは違う薬をもらってきた。しばらくバイトは休んで治療に専念します。しくしく being sick sucks!

2013/11/24

The Partygirl's Birthday Party

カナダで迎える二度目のお誕生日。当日は火曜だったのでわたしもルームメイトも仕事で疲れ果てていてパーティする気力がなく、自分でちらし寿司とケーキとミニシャンパンを買って一人誕生日会。

 
ハッピーバースデイトゥミー…
ハッピーバースデイトゥミー…

正直ルーメイトが何かしてくれるんじゃないかと少し期待していたのだがそんなことはなく、さすがにさみしかった…せめて大きいシャンパンとケーキを買ってむりやりみんなに振舞えばよかったのかもしれない。というか「誕生日なんだから何かおいしいものでも食べさせて!」と自分から言い出だせないのがいけない。26年間も生きてきて誕生日にひとりぼっちとはよほど性格に問題があるんだな、などと自己嫌悪に陥る。いいや、カナダではまだ2歳なんだから仕方ない。こんな時東京なら駆け込める酒場がいっぱいあるのに。

誕生日のことなんかすっかり忘れた金曜日、バイトから帰ると部屋にバラの花がー!贈り主はもちろん、ブログを読んでくれている人にはもうお馴染みのニコくん。さすがフランス人、ロマンティックね。アモーレ!(適当)「今夜はちいが好きな場所どこにでも連れて行くよ」だって。悪いのはわたしじゃなくて火曜日だったんだわ。

Mi ChiChiというのは「ぼくのちいちい」ということでいいのかな?
きゃーーーー(照)
 
そしてこの皿は!
わしが来客用に買ったちょっといい皿!笑

「ちいが植物を育てられないのは知ってるけど今度は枯らしちゃダメよ」と言われた。ぎくり。前にもらった鉢植えを即効枯らしたことも、今年の夏植えた紫蘇をすっかり忘れて庭に放置しているのもバレていたようだ。なんかこれってじっくり何か(人間関係とか)を育てるのが苦手なわたしの性格を象徴しているみたい…とまた自己嫌悪モード。

からーのー!パーティ!パーティ!幹事はわたし自身とニコだったんだけど、なんとなくゲストはルームメイトだけでシンプルにしようという流れに。仕事が忙しくて滅多に帰ってこない超美人CA・サマーが来てくれてうれしかった。あとは二人の兄ニコちゃんぴと、今月引っ越して来た新ルームメイトのルシア、わたしの五人で全力夜遊び。宅飲みからスタートして例のラテン系寿司屋でテキーラを煽り、最終電車に飛び乗ってダウンタウンへ。クラブ二軒はしごして午前6時帰宅。そこからまた宅飲みして宴は9時すぎまで続いたのでした。12時間トライアスロンで踊り続けさすがにボロボロ。足の裏の皮がむけちゃって痛い。あー楽しかった!

終電に間に合った記念写真

生きてて良かった。今年前半は本当に辛いことが多すぎて、もう生きていかれないかもしれないなって思ったこともあって…だからって死ぬわけにもいかないからとりあえず動いて。そしたら不思議な縁に生かされて、猛烈に楽しいことが立て続けに起こって、さらに一度は追い出されたカナダに戻ってこれちゃった。自分は全然努力してなくて周りの人が全部なんとかしてくれた笑。運命に逆らわない。(他力本願ともいう。)

26歳。同世代の友達が結婚出産したり、バリバリ働いて贅沢してるのを毎日毎日FBで見せられて焦らないことはない。同じ高校からバンクーバーにワーホリ来てる子たちもいるんだけど、みんなはちゃんと日本でキャリアと貯金を積んでから来てて。それに比べてわたしずっとフリーターで職歴無いし、貯金なんか当然無いし、ビザの関係でこの先少なくとも2年はファストフード以外で働けないし…。こないだの東京ステイが楽しすぎてまた生活拠点を東京に戻すことも考えたくらいだったんだけど、よく考えてみたらあのわずかな滞在期間に年齢のせいでいやな思いをしたことがけっこうあった。そんなの絶対納得できない。わたしはわたしが望んだものをちゃんと持ってるんだから、それがみんなの幸せと違ったって幸せ。楽しいことばっかり追いかけてふと気づいたらアラ?ってなったとしても、それはまたその時考えればいいし。今年を生き延びられたんだからもう恐いものなんかない。なんとかなるよ、きっと。なんとかならないことなんか、一つもない。そして何か出来そうで何も出来ない自分を卒業したいっていう野望もちゃんとあります。

わたしを生きさせてくれた全ての人にありがとう。ハッピーバースデーわたし。

2013/11/18

Love Letter to John Waters



ジョン・ウォーターズはわたしの宗教だ。いつから、どうして、彼の虜になってしまったのだろうと考えてみた。きっかけはかの有名な犬のウンコ食いシーンやロブスターレイプシーン、ではなく、彼がスポーツが大嫌いだと堂々宣言しているのを見つけた時だったように思う。
今日までぼくは頑迷なスポーツ嫌いを自認している。スポーツの話題が持ち出されれただけでも頭に血が昇る。「バーズの調子は?」無知なタクシー運転手がボルチモア・オリオールズの話題で和もうと話しかけて来ようもんなら、「スポーツは嫌いだ」と言い放って会話はおしまい。ぼくが男だからって、なんでスポーツの話をしたいと一人決めする?そんなのタクシー運転手の背中を叩いて、「ファスビンダーの最新作見たかい?もう最高だったじゃないか!」って言うようなもんだろう。友達がなにげなくスポーツ・イベントへの関心を漏らそうものなら、すぐに友情を考え直す。だってつまるところ、スポーツなんか大学の学問水準を下げ、騒々しく押しつけがましいテレビの「ビッグ・ゲーム」で休日の貴重な家族の団欒を 台無しにするだけのものじゃないか。すべてのスポーツは蔑まれるべき存在だ。
 こんな調子で延々とスポーツが嫌いな理由が列挙されている『悪趣味映画作法』のこの部分は何百回読み返しても涙が出る。運動を嫌いでもいいんだ。何かを好きであることが人の勝手であるのと同様に、何かを嫌いであることに他人の承認など必要ない。学校という閉鎖的な世界はこんな当然の事実を、意図的に、システマティックに殺す。報酬なしに校庭を十周走ったり、転がった玉を追いかけて喜んでいる犬人間に対して劣等感を持つ必要なんかない。かび臭い更衣室や跳び箱の裏でしくしく泣いていたひとりぼっちのわたしに手を差し伸べてくれたのがこのアメリカのカルト映画監督だったのだ。本業はたぶん映画監督。エッセイスト、スタンダップコメディアン、殺人事件研究家、お喋りの才能と犯罪への偏愛が高じて刑務所で授業を持った「先生」でもある。

現在刊行されている最新の著作Role Modelsにこれに非常によく似たエピソードを見つけてうれしくなった。
テネシー・ウィリアムズは幼少期の心の友だった。(中略) 『One Arm』を読み終わってわかったことは、教師たちがうそぶく「社会のルール」とやらに耳を貸す必要など全く無いということだった。 自分が関わりたくない連中に溶け込めないことなんか恐れなくていいんだ。テネシー・ウィリアムズには別の世界が見えていた。うんざりするほど陰気で退屈な「右ならえ」の世界―ぼくが所属しなさいと強要されてきた世界―の一部なんかになりたくない、特別な人々だけで構成された別の世界。
ジョン・ウォーターズは8ミリカメラを手に取り、この「特別な人々だけで構成された別の世界」を映画にして見せた。知らない人がこの記事の冒頭を読んだら何だと思ったであろう、女装したデブが本物の犬の糞を食べてニッコリ笑うラストシーンが印象的な『ピンク・フラミンゴ』が代表作。どの作品も一般的な映画の価値を一切欠いているにもかかわらず、特定の観客層に向けて抗いがたい電波を発し続けている。「ぼくのファン層は主に、自身のマイノリティーグループにも馴染めないマイノリティーの人たちさ」と彼は言う。「たとえばゲイなのにゲイコミュニティからはぐれてしまう人とか(これは彼自身のこと)、黒人の友達とうまくやっていけない黒人とかね。」

かくいう監督自身は、先に映画を観た人間がガッカリしてしまうほどマトモな人間である。唇の上に細く整えたヒゲと上質なスーツがトレードマーク。カソリックの上流家庭で大切に育てられ、NYUニューヨーク大学に在籍したこともある(ただしマリファナ所持で逮捕、一瞬で放校)。ショウビジネスでやっていきたいという志と、それに伴う才能は幼少期からはっきりしていた。アメリカ郊外の田舎町に生まれながらエキセントリックな仲間を見つけ、一緒に映画を作り「悪趣味の帝王」の称号を欲しいままにする。とはいえ、それは本人も自負する「趣味の良い悪趣味」だ。剃刀のような感性を持ちながら基本的に人間が好きなようで、尖ったジョークに温かさを隠しきれない。だから、彼はいつでも人気者だ。彼がどうして疎外感を感じているのか、何故わたしたちの心を揺さぶることができるのか、正直わたしにはわからない。誰かの孤独は、きっと本人にしかわからないのだ。

彼がドリームランダーズと呼ばれる仲間たちと共に故郷ボルチモアで撮りつづけた変人だらけのユートピアは、何らかの理由で疎外された人間の心に一筋の光をもたらしてきた。ジョン・ウォーターズを中心にたしかに存在した、まぶしい夢の世界。ゲロやウンコや暴力を90分間見せられて尚、ウットリしてしまう。

『ピンク・フラミンゴ』(1972)の現場。
後列左からメアリー・ヴィヴィアン・ピアース、ダニー・ミルズ、ジョン・ウォーターズ、デイヴィッド・ロカリー
前列左からディヴァイン、ミンク・ストール、イディス・マッセイ
 
『ピンク・フラミンゴ』の有名なビジュアル。
永遠のミューズ、ディヴァイン
 
エッグ・レディことイディス・マッセイ。
こんなに魅力的な女性はこの世に二人と居ない(もうあの世だけど。)

この雰囲気はとにかく映画を観てもらわないことには伝わらないわけだが、彼がやたらとこだわる街ボルチモアはトンデモ人間の宝庫らしい。『笑ってコラえて』で特集してくんないかな…。映画に出てくるイカれたキャストや、共鳴して集まったスタッフ陣=ドリームランダーズは全てジモティ。彼らは全くの素人どころか、それ以下―見ての通りドラッグやアルコールの依存症や知恵遅れ一歩手前ばかりなのだが、現場には酒もドラッグもマリファナさえも持ち込み禁止、アドリブは一切無しで台本通り綿密なリハーサルを行うなど映画製作に関してはなかなかストイックである(シラフであの芝居ができるなんてすごい)。こんな出来損ないの人間たちを死ぬほど真剣にさせてしまうんだからやはり映画には魔力があるし、また彼らを統率するジョン・ウォーターズのカリスマ性はまさしくカルト・リーダーと呼ぶにふさわしいだろう。映画の製作秘話はさきに挙げた『悪趣味映画作法』に詳しいが、田舎の変態少年少女が非行と映画製作に明け暮れ、やがてそのムーブメントがロスやNYに波及する狂騒が生き生きと描かれていて、60~70年代ごろの躍動感も相まって大変ときめく。ジョン・ウォーターズと愉快な仲間たちは本当に昔から親友だったんだなというエピソードも細かく記されている。これを青春と呼ばずに何と呼ぼうか。個人的には、というかファンは皆そう言うだろうが元祖ドリームランダーズが揃っていた『ポリエステル』くらいまでの初期の作品がオススメ。同じメンツが「またお前か!」という具合に顔を出していて和む。しかしいかんせんロクでもない人たちなのでドラッグ、AIDS、糖尿病などでとっくにみんな死んでしまった。健在のジョン・ウォーターズ本人やミンク・ストール、パット・モーランら皆ディヴァインと同じ墓地に墓を購入済みというから泣ける。場所はもちろんボルチモア。「友達とは家族の改善版である」と彼は言う。

ファンが残したキスマークだらけのディヴァインの墓。
お供え物は造花にメイクブラシ、アイライナー!

御年67歳のJW先生、2004年の『ダーティ・シェイム』以来映画は撮っていないものの、相変わらず執筆活動や講演会巡業など忙しくしている様子。死ぬ前に(彼がね)どうしても一度本物の神様に会ってみたいと願ってしまうのは信者として当然の事かもしれないが、なんと来月その夢が叶うことになった。彼は熱狂的なクリスマスオタクとしても知られていて、毎年12月になると各地でクリスマスショーを開いているのだ。ずっと気になっていてどうしても勇気が出なかったけど、このたび追い風に乗ってニューヨークまでひとっ飛びすることにしました。いえーい!どうせなら聖地巡礼を兼ねてボルチモアがいいなと思ったんだけど治安が死ぬほど悪いらしい(本当に殺される可能性アリ)。meet and greetというチケットを押さえてもらったので直接ご本人に挨拶したり、サインをもらったりできるそう。どうしようー考えただけで手が震える…!わたしこんなに幸せでいいのかしら?点と線が繋がって、ラッキーはっぴー100連発だった今年一年の集大成。かましてきますわ!

ニューヨークへ行きたいかー!おー!



【参考文献】
  • ジョン・ウォーターズ著, 柳下毅一郎訳『悪趣味映画作法』, 青土社, 1997
  • John Waters, Role Models, Farrar Straus & Giroux, 2011 (2013年11月現在 日本語版未訳。柳下さん訳してくださらないかしらん)   ほか
【参考URL】

JW師匠はずっと昔からブレずに同じことを言い続けているのではっきりしたソースがもはや不明。身分を隠してボルチモアからサンフランシスコまでヒッチハイクした21日間の旅行記Car Sickが来年にも発売予定とのこと。