バンクーバー在住6年目、世界を股にかけるフリーターちひろうさぎの日記と映画レビュー。

2013/11/29

The hives incident 蕁麻疹との戦い

水曜の朝、目が覚めると唇に違和感を覚えた。鏡見てびっくり。

\ナンダコリャーーー/

完全に一致

 唇おばけ!痛くも痒くもないんだけどとにかく腫れている。歩いた衝撃でブルンブル揺れて、身体全体が唇になったような気分だった。こんなの初めて。バイトに行って、帰ってシャワー浴びて、もともと風邪気味だったのですぐベッドに横になって休んでいると…で、でたー蕁麻疹!


子供の頃から蕁麻疹が出やすい体質なんだけど、ここまでひどいのは久しぶり。全身に世界地図のように炎症が広がり、さらに胸がドキドキして息苦しかったり耳も聞こえずらくなっていた。これは危険な状態。パニック状態で下階に降りてニコに「あわわわわわ I think I need to see a doctor」(病院に行かなきゃだめかも)と伝えると、何も聞かずに「まず落ち着いて、上着と保険証を持ってきて」とだけ言って車を出してくれた。車内でかゆいかゆい、こわいこわいと取り乱すわたしの手をずっと握っていてくれた。ちょっと泣きそうになっちゃう。

ぴーぽーぴーぽー
(救急車は有料なので自家用車の中で自分で言っている)
Vancouver General Hospital Emergency Department
920 W 10th Avenue
Vancouver, B.C. V5Z 1M9
604-875-4111

近所のウォークインクリニックはもう閉まっていたので総合病院の急患で診てもらった。ようやくカナダの国保MSPが活躍する出番が来た!月66.50ドルも払ってるんだもん、使わなきゃ。受付で保険証を出し簡単な問診を受け、しばらく待ち、奥で詳細な問診を受け、しばらく待ち、カルテ登録をして、しばらく待ち、やっと処置室へ。で、問診。て、同じこと何回言わせんねん!話通しておいてよね!

思えば唇が腫れたのが最初のサインだった。腫れるという単語を知らなかったんだけど今回覚えた。be swollenという。かゆいはitchy, 蕁麻疹はhives。息苦しいはhard to breathe, 耳が腫れて聞こえづらいはI have difficulty hearing now. My ears are puffy とか言って説明した。 アレルギーallergyは発音が難しく、アにアクセントでアレジーと言う。何に対してアレルギーはbe allergic to (何か)。I have no idea what I'm allergic to... 緊急外来では誰も彼も急いでいるのでこちらも急かされているようで、テンポよくはっきり病状を伝えるのが難しかった。もう必死。いつから、どんな風に、薬は飲んだか、何を食べたか。こんなの日本語でも難しい。 何かにアレルギーを起こしているようなのだが何も思い当たらない。化粧品や洗剤を変えた覚えはないし、いつもどおりお昼バイト先でまかないを食べて夜は適当にラーメンとか作って食べてた。5年くらい前に日本で精密に検査してもらったのだがその時も結局わからなかったのよね。単に身体が弱っているのかなあと思うけど。

海外ドラマで見たことある腕のネームタグ

処置室では注射を打ってもらって、その経過を見るために一時間くらいはそこに居たかなあ。この注射、けっこう副作用がキツくてクラクラした。携帯も持たずに飛び出てきたニコが暇そうだった。何話していいかわかんない。ドクターに「大丈夫だと思うけどまだ副作用があるかもしれないからしばらく彼女から目を離さないでね。君はボーイフレンド?フレンド?」と聞かれて「グッドフレンドだ」と答えていた。そこビミョーなんだから余計な事聞くなよな、ドクター!病院で過ごした時間はトータルで2時間くらい。not too bad, eh? MSPでカバーされたのでここでのお会計はナシです。

ドクターからの指示は手持ちのアレルギー薬を症状が収まっても飲み続けることと、それと一緒に飲むと効きがよくなる飲み薬を処方するからそれを飲めとのこと。23時までやってる薬局にギリギリ滑り込み。薬剤師のお兄さんがいい人で、ニコがオススメの咳止めはどれかと聞いたら無料のサンプルまるまる一瓶をくれた。なんでも聞いてみるもんだなー。わたしたち、同じ種類の風邪で苦しんでいるのだ。夜になると咳が止まらない。彼が先だったのでうつされたみたい。最近キスしてないのになんでだろう?ははは。

おうちに帰ったらニコがすきっ腹に薬はダメと言ってご飯をつくってくれた。や、やさしすぎる…でもブロッコリーが生だった…これフランスでは普通なのかい?


ニコが居て本当によかった。夜開いてる病院なんかどこにあるか知らなかったし、どうやって病院にチェックインするのかも知らなかったし、英語もよくわかんなかったし、超パニクってたし。自分で家賃払って税金払って保険料払ってすっかり大人になったつもりでいたけど、まだまだわたし赤ん坊のままだなーと痛感。ニコがいないと何もできない。彼がいつもいつまでもそばにいてくれたらいいなあと思うけど、彼は彼女は欲しくないみたいだしわたしも別に彼女になりたいわけじゃない。でも彼に他に彼女ができちゃったらさみしくて耐えられないだろうな。当分そんなことはありえない、と彼は言うけれど。

注射が効果テキメンで、蕁麻疹ほとんど消えたので次の日もバイトしてたんだけど、夕方になるとまた痒くなってきて前日よりもっとひどいことに。また同じ病院へ駆け込む。「昨日も来たんですけど」って言ったのにカルテめくりながら「えーとお腹が痛い人だっけ?」とか言われた。違います!

デジャヴ

また注射を打ってもらって、こんどは違う薬をもらってきた。しばらくバイトは休んで治療に専念します。しくしく being sick sucks!

2013/11/24

The Partygirl's Birthday Party

カナダで迎える二度目のお誕生日。当日は火曜だったのでわたしもルームメイトも仕事で疲れ果てていてパーティする気力がなく、自分でちらし寿司とケーキとミニシャンパンを買って一人誕生日会。

 
ハッピーバースデイトゥミー…
ハッピーバースデイトゥミー…

正直ルーメイトが何かしてくれるんじゃないかと少し期待していたのだがそんなことはなく、さすがにさみしかった…せめて大きいシャンパンとケーキを買ってむりやりみんなに振舞えばよかったのかもしれない。というか「誕生日なんだから何かおいしいものでも食べさせて!」と自分から言い出だせないのがいけない。26年間も生きてきて誕生日にひとりぼっちとはよほど性格に問題があるんだな、などと自己嫌悪に陥る。いいや、カナダではまだ2歳なんだから仕方ない。こんな時東京なら駆け込める酒場がいっぱいあるのに。

誕生日のことなんかすっかり忘れた金曜日、バイトから帰ると部屋にバラの花がー!贈り主はもちろん、ブログを読んでくれている人にはもうお馴染みのニコくん。さすがフランス人、ロマンティックね。アモーレ!(適当)「今夜はちいが好きな場所どこにでも連れて行くよ」だって。悪いのはわたしじゃなくて火曜日だったんだわ。

Mi ChiChiというのは「ぼくのちいちい」ということでいいのかな?
きゃーーーー(照)
 
そしてこの皿は!
わしが来客用に買ったちょっといい皿!笑

「ちいが植物を育てられないのは知ってるけど今度は枯らしちゃダメよ」と言われた。ぎくり。前にもらった鉢植えを即効枯らしたことも、今年の夏植えた紫蘇をすっかり忘れて庭に放置しているのもバレていたようだ。なんかこれってじっくり何か(人間関係とか)を育てるのが苦手なわたしの性格を象徴しているみたい…とまた自己嫌悪モード。

からーのー!パーティ!パーティ!幹事はわたし自身とニコだったんだけど、なんとなくゲストはルームメイトだけでシンプルにしようという流れに。仕事が忙しくて滅多に帰ってこない超美人CA・サマーが来てくれてうれしかった。あとは二人の兄ニコちゃんぴと、今月引っ越して来た新ルームメイトのルシア、わたしの五人で全力夜遊び。宅飲みからスタートして例のラテン系寿司屋でテキーラを煽り、最終電車に飛び乗ってダウンタウンへ。クラブ二軒はしごして午前6時帰宅。そこからまた宅飲みして宴は9時すぎまで続いたのでした。12時間トライアスロンで踊り続けさすがにボロボロ。足の裏の皮がむけちゃって痛い。あー楽しかった!

終電に間に合った記念写真

生きてて良かった。今年前半は本当に辛いことが多すぎて、もう生きていかれないかもしれないなって思ったこともあって…だからって死ぬわけにもいかないからとりあえず動いて。そしたら不思議な縁に生かされて、猛烈に楽しいことが立て続けに起こって、さらに一度は追い出されたカナダに戻ってこれちゃった。自分は全然努力してなくて周りの人が全部なんとかしてくれた笑。運命に逆らわない。(他力本願ともいう。)

26歳。同世代の友達が結婚出産したり、バリバリ働いて贅沢してるのを毎日毎日FBで見せられて焦らないことはない。同じ高校からバンクーバーにワーホリ来てる子たちもいるんだけど、みんなはちゃんと日本でキャリアと貯金を積んでから来てて。それに比べてわたしずっとフリーターで職歴無いし、貯金なんか当然無いし、ビザの関係でこの先少なくとも2年はファストフード以外で働けないし…。こないだの東京ステイが楽しすぎてまた生活拠点を東京に戻すことも考えたくらいだったんだけど、よく考えてみたらあのわずかな滞在期間に年齢のせいでいやな思いをしたことがけっこうあった。そんなの絶対納得できない。わたしはわたしが望んだものをちゃんと持ってるんだから、それがみんなの幸せと違ったって幸せ。楽しいことばっかり追いかけてふと気づいたらアラ?ってなったとしても、それはまたその時考えればいいし。今年を生き延びられたんだからもう恐いものなんかない。なんとかなるよ、きっと。なんとかならないことなんか、一つもない。そして何か出来そうで何も出来ない自分を卒業したいっていう野望もちゃんとあります。

わたしを生きさせてくれた全ての人にありがとう。ハッピーバースデーわたし。

2013/11/18

Love Letter to John Waters



ジョン・ウォーターズはわたしの宗教だ。いつから、どうして、彼の虜になってしまったのだろうと考えてみた。きっかけはかの有名な犬のウンコ食いシーンやロブスターレイプシーン、ではなく、彼がスポーツが大嫌いだと堂々宣言しているのを見つけた時だったように思う。
今日までぼくは頑迷なスポーツ嫌いを自認している。スポーツの話題が持ち出されれただけでも頭に血が昇る。「バーズの調子は?」無知なタクシー運転手がボルチモア・オリオールズの話題で和もうと話しかけて来ようもんなら、「スポーツは嫌いだ」と言い放って会話はおしまい。ぼくが男だからって、なんでスポーツの話をしたいと一人決めする?そんなのタクシー運転手の背中を叩いて、「ファスビンダーの最新作見たかい?もう最高だったじゃないか!」って言うようなもんだろう。友達がなにげなくスポーツ・イベントへの関心を漏らそうものなら、すぐに友情を考え直す。だってつまるところ、スポーツなんか大学の学問水準を下げ、騒々しく押しつけがましいテレビの「ビッグ・ゲーム」で休日の貴重な家族の団欒を 台無しにするだけのものじゃないか。すべてのスポーツは蔑まれるべき存在だ。
 こんな調子で延々とスポーツが嫌いな理由が列挙されている『悪趣味映画作法』のこの部分は何百回読み返しても涙が出る。運動を嫌いでもいいんだ。何かを好きであることが人の勝手であるのと同様に、何かを嫌いであることに他人の承認など必要ない。学校という閉鎖的な世界はこんな当然の事実を、意図的に、システマティックに殺す。報酬なしに校庭を十周走ったり、転がった玉を追いかけて喜んでいる犬人間に対して劣等感を持つ必要なんかない。かび臭い更衣室や跳び箱の裏でしくしく泣いていたひとりぼっちのわたしに手を差し伸べてくれたのがこのアメリカのカルト映画監督だったのだ。本業はたぶん映画監督。エッセイスト、スタンダップコメディアン、殺人事件研究家、お喋りの才能と犯罪への偏愛が高じて刑務所で授業を持った「先生」でもある。

現在刊行されている最新の著作Role Modelsにこれに非常によく似たエピソードを見つけてうれしくなった。
テネシー・ウィリアムズは幼少期の心の友だった。(中略) 『One Arm』を読み終わってわかったことは、教師たちがうそぶく「社会のルール」とやらに耳を貸す必要など全く無いということだった。 自分が関わりたくない連中に溶け込めないことなんか恐れなくていいんだ。テネシー・ウィリアムズには別の世界が見えていた。うんざりするほど陰気で退屈な「右ならえ」の世界―ぼくが所属しなさいと強要されてきた世界―の一部なんかになりたくない、特別な人々だけで構成された別の世界。
ジョン・ウォーターズは8ミリカメラを手に取り、この「特別な人々だけで構成された別の世界」を映画にして見せた。知らない人がこの記事の冒頭を読んだら何だと思ったであろう、女装したデブが本物の犬の糞を食べてニッコリ笑うラストシーンが印象的な『ピンク・フラミンゴ』が代表作。どの作品も一般的な映画の価値を一切欠いているにもかかわらず、特定の観客層に向けて抗いがたい電波を発し続けている。「ぼくのファン層は主に、自身のマイノリティーグループにも馴染めないマイノリティーの人たちさ」と彼は言う。「たとえばゲイなのにゲイコミュニティからはぐれてしまう人とか(これは彼自身のこと)、黒人の友達とうまくやっていけない黒人とかね。」

かくいう監督自身は、先に映画を観た人間がガッカリしてしまうほどマトモな人間である。唇の上に細く整えたヒゲと上質なスーツがトレードマーク。カソリックの上流家庭で大切に育てられ、NYUニューヨーク大学に在籍したこともある(ただしマリファナ所持で逮捕、一瞬で放校)。ショウビジネスでやっていきたいという志と、それに伴う才能は幼少期からはっきりしていた。アメリカ郊外の田舎町に生まれながらエキセントリックな仲間を見つけ、一緒に映画を作り「悪趣味の帝王」の称号を欲しいままにする。とはいえ、それは本人も自負する「趣味の良い悪趣味」だ。剃刀のような感性を持ちながら基本的に人間が好きなようで、尖ったジョークに温かさを隠しきれない。だから、彼はいつでも人気者だ。彼がどうして疎外感を感じているのか、何故わたしたちの心を揺さぶることができるのか、正直わたしにはわからない。誰かの孤独は、きっと本人にしかわからないのだ。

彼がドリームランダーズと呼ばれる仲間たちと共に故郷ボルチモアで撮りつづけた変人だらけのユートピアは、何らかの理由で疎外された人間の心に一筋の光をもたらしてきた。ジョン・ウォーターズを中心にたしかに存在した、まぶしい夢の世界。ゲロやウンコや暴力を90分間見せられて尚、ウットリしてしまう。

『ピンク・フラミンゴ』(1972)の現場。
後列左からメアリー・ヴィヴィアン・ピアース、ダニー・ミルズ、ジョン・ウォーターズ、デイヴィッド・ロカリー
前列左からディヴァイン、ミンク・ストール、イディス・マッセイ
 
『ピンク・フラミンゴ』の有名なビジュアル。
永遠のミューズ、ディヴァイン
 
エッグ・レディことイディス・マッセイ。
こんなに魅力的な女性はこの世に二人と居ない(もうあの世だけど。)

この雰囲気はとにかく映画を観てもらわないことには伝わらないわけだが、彼がやたらとこだわる街ボルチモアはトンデモ人間の宝庫らしい。『笑ってコラえて』で特集してくんないかな…。映画に出てくるイカれたキャストや、共鳴して集まったスタッフ陣=ドリームランダーズは全てジモティ。彼らは全くの素人どころか、それ以下―見ての通りドラッグやアルコールの依存症や知恵遅れ一歩手前ばかりなのだが、現場には酒もドラッグもマリファナさえも持ち込み禁止、アドリブは一切無しで台本通り綿密なリハーサルを行うなど映画製作に関してはなかなかストイックである(シラフであの芝居ができるなんてすごい)。こんな出来損ないの人間たちを死ぬほど真剣にさせてしまうんだからやはり映画には魔力があるし、また彼らを統率するジョン・ウォーターズのカリスマ性はまさしくカルト・リーダーと呼ぶにふさわしいだろう。映画の製作秘話はさきに挙げた『悪趣味映画作法』に詳しいが、田舎の変態少年少女が非行と映画製作に明け暮れ、やがてそのムーブメントがロスやNYに波及する狂騒が生き生きと描かれていて、60~70年代ごろの躍動感も相まって大変ときめく。ジョン・ウォーターズと愉快な仲間たちは本当に昔から親友だったんだなというエピソードも細かく記されている。これを青春と呼ばずに何と呼ぼうか。個人的には、というかファンは皆そう言うだろうが元祖ドリームランダーズが揃っていた『ポリエステル』くらいまでの初期の作品がオススメ。同じメンツが「またお前か!」という具合に顔を出していて和む。しかしいかんせんロクでもない人たちなのでドラッグ、AIDS、糖尿病などでとっくにみんな死んでしまった。健在のジョン・ウォーターズ本人やミンク・ストール、パット・モーランら皆ディヴァインと同じ墓地に墓を購入済みというから泣ける。場所はもちろんボルチモア。「友達とは家族の改善版である」と彼は言う。

ファンが残したキスマークだらけのディヴァインの墓。
お供え物は造花にメイクブラシ、アイライナー!

御年67歳のJW先生、2004年の『ダーティ・シェイム』以来映画は撮っていないものの、相変わらず執筆活動や講演会巡業など忙しくしている様子。死ぬ前に(彼がね)どうしても一度本物の神様に会ってみたいと願ってしまうのは信者として当然の事かもしれないが、なんと来月その夢が叶うことになった。彼は熱狂的なクリスマスオタクとしても知られていて、毎年12月になると各地でクリスマスショーを開いているのだ。ずっと気になっていてどうしても勇気が出なかったけど、このたび追い風に乗ってニューヨークまでひとっ飛びすることにしました。いえーい!どうせなら聖地巡礼を兼ねてボルチモアがいいなと思ったんだけど治安が死ぬほど悪いらしい(本当に殺される可能性アリ)。meet and greetというチケットを押さえてもらったので直接ご本人に挨拶したり、サインをもらったりできるそう。どうしようー考えただけで手が震える…!わたしこんなに幸せでいいのかしら?点と線が繋がって、ラッキーはっぴー100連発だった今年一年の集大成。かましてきますわ!

ニューヨークへ行きたいかー!おー!



【参考文献】
  • ジョン・ウォーターズ著, 柳下毅一郎訳『悪趣味映画作法』, 青土社, 1997
  • John Waters, Role Models, Farrar Straus & Giroux, 2011 (2013年11月現在 日本語版未訳。柳下さん訳してくださらないかしらん)   ほか
【参考URL】

JW師匠はずっと昔からブレずに同じことを言い続けているのではっきりしたソースがもはや不明。身分を隠してボルチモアからサンフランシスコまでヒッチハイクした21日間の旅行記Car Sickが来年にも発売予定とのこと。

2013/11/03

Halloween 2013

去年は憧れのセーラームンに扮したわたしですが、今年のハロウィンは…


これ!
て、クリスマスやないかーい!今年もアニメ系のコスプレをeBayで注文していたのですがいっこうに届かず、パーティ前日に買い物に奔走することになってしまった。広いカナダではネットショッピングしても配送にすごく時間がかかるし、配送中のトラブルで結局届かないという事も割とよくある。ま、a part of the risksかな。業者も慣れているのでアッサリresend(再送)かrefund(返金)してくれます。時間に余裕を持ったお買い物を…しくしく。BBクリームとかよくネットで買うの。なくなる前にオーダーしなきゃとわかってるのになかなかズボラなもんでね。

ハロウィン直前というか当日のハロウィン屋はもう品薄ガラガラでかなり焦りました。既にクリスマス商品が並び始めたValue Villageで「そうだ、ハロウィンにクリスマスというのはなかなか斬新かもしれない」とひらめき、4ドルのサンタ帽と3ドルのusedかつらを購入。そこからダウンタウンのセクシー衣装屋に移動し、店頭に並ぶ前のサンタワンピを倉庫から出してもらい購入…これがものすごい低クオリティな代物で39ドルもした。トホホ。まあコスプレ衣装なんてこんなもんか。XSサイズがあっただけよしとしましょう。

ハロウィン本番の10月31日は木曜日だったのでその前の週末にパーティする人が多かったみたい。わたしたち一行は行きつけの寿司屋で11月1日金曜日、遅めのハロウィンパーティ。この寿司屋がおかしくって、お客さんも店員も日本人が全然いなくてラテン系の人たちのたまり場になってるの。この日も友達のサルサバンドが演奏してみんな尻振りまくってました。やっぱりダンスではあの人たちにはとてもかなわない。付け焼刃じゃ身につけられない、血液中に溶け込んだリズム。クルクル回されたり、回したり、目が回っちゃう。そもそも二人一組で踊るのに慣れないし…あーダンス上手になりたいな。海外ではダンスは英語と並ぶ必須科目。

ニコに肩を抱かれてめちゃくちゃテレているわたし
(左手に妙な力が入っている笑)

シェアハウス大家のニコくんはオペラ座の怪人的な衣装をお友達に作ってもらったらしい。イケメンすぎて目が潰れるかと思った。「寒いよー」と言ったら「おいで」と言ってマントの中に入れてくれた…ああ、わたしの王子様!結婚して!相変わらずじれったい攻防が続いている不器用なわたしたち。とりあえず君は俺を好きだと早く認めろー!

ダウンタウンの人気クラブのハロウィンとかではないので来てる人のコスチュームも少々ユルめだったんだけど、アットホームでいいパーティでした。かわいいなと思ったのはスキーの仮装の人や、スタートレックのカップル。一緒に写真撮ってもらえばよかった。

寿司屋閉店後はうちに移動して朝8時くらいまで踊り狂い、一旦仮眠してお昼すぎに目が覚めたらもうみんな踊り狂っていた。昨日のパーティから流れてきた友人らがまだウヨウヨいる。外人の体力と、週末を楽しんでやろうという気合いは本当にすごい。

今この歌が流行っていて、エンドレスリピートで絶唱、合唱。

                         Lorde/ Royals

月始めで新しいルームメイトが2人来たのでハウスミーティング。いったんムジカ(ミュージック)はストップ。スペイン語は大学で第二外国語基礎を取っただけだけど、案外覚えているもので簡単な会話なら理解できる。ニコやほとんどの友達が話すフランス語を勉強したいけどまだ英語もままならないのに欲張っちゃダメよね。

サマー、ちひろ、ちゃんぴの三きょうだい

パジャマで会議出席。ルームメイト7人(今は居候が一人いるので8人)揃う機会はなかなかない。議題は自己紹介と、電気代を節約しようだとか掃除は分担しようだとかゴミの分別とかそういう事。ニコは「シェアハウスはコミュニティ」という事を強調していた。ちょっと最近ルームメイトに恵まれなくてバラバラになっていたので仕切りなおしということで。


暖炉に火を入れてパーティ再開。あ、あつい…。マンションなんかでもだいたい暖炉ついてるの見るとカナダらしいなーと思う。トータルで一年半くらいこっちに住んでることになるけど、「カナダらしい」ことに慣れすぎず、小さいことに驚く自分でありたい。さて今年もあっという間にお誕生日、クリスマス、お正月のパーティコンボがやって来るぞー!思う存分暴れるぞー!