2018/09/16

Don't Dream it, Be it 夢を見るな、夢になれ

何度かメールでやりとりしていた知人の姉から一斉送信で「8月24日空いてる人?」とテキストが来た。「me!」と返信したらあっさり初仕事が決まった。面接とかはない。撮影前日の夜遅くに集合時間と住所が送られてきた。他にもFBのグループとかで常に仕事を探してるのだが、「明日来れる人募集」とかやたらとギリギリな求人が多い。


何の指示もなかったけど持ち物はネットで調べまくって事前に用意していた。わたしは平均的なカナダ人に比べると無口な方なので、ペラペラ営業トークができない分こういった小さいことで本気のやる気を見せていくしかない。腰につけるお道具ポーチには各種ペンとノート、十徳ナイフとライター、懐中電灯、ガムテープ、作業用手袋などを装備してある。仕事中は携帯電話は禁止なので腕時計も買った。服はカメラに写り込まないよう黒い服が好まれるみたいなので黒い防水ジャケットと黒いスキニーパンツを購入。わたしは喪服以外では絶対に黒を着ない主義なのですべてイチから揃えなければならない。初期投資ううう。モトがとれることを祈る。リュックの中には防寒具と替えの靴下と水筒、去年の確定申告の控え(Notice of Assessment 2017)と運転免許のコピー。映画の仕事はカナダで合法的に働けるビザさえあれば誰でもできるんだけど、ローカルの人間を雇うことを条件にBC州がプロダクションに補助金を出しているので、前年度の確定申告をBCで済ませていて今後も同州に住む予定という証明書とサインが必要になる。

当日は16時集合で明け方解散の徹夜のドラマロケだった。先に言っとくけどセットでは撮影厳禁なのでここからは文字ばっかですよ。指定された場所にだいぶ早めに着いたら白い巨大なバンがたくさん見えてまるで映画みたいだった。近くのスタッフに声をかけるとそこはまた別のドラマを撮っていた。高架下の空き地みたいなとこだったんだけど同じ日に3つ違う撮影をやっていたらしい。さすが「北のハリウッド」。なんとかアシスタントロケーションマネジャーの知人姉と合流し、とりあえず入り口を見張ってろと言われた。見たこともないようなでっかなトラックが次々とやってきて機材を搬入していく。PAの仕事の大半はこの「見張り役」で、わたしのようなチビが何を守れるのかよくわからないけど突っ立って見てろという指示が多かった。

2時間ほど突っ立ってたら代わりの人がやって来てブレックファストを済ませろと言われた(18時すぎ)。ごはんはめっちゃ豪華!ケータリングとコーヒーのトラックが来てアツアツの食事をオーダーできる。サラダや冷菜はバフェ形式になっていて、ケーキや山盛りのフルーツ、ジュースを生搾りできるコーナーも。もちろん全てタダ。誰もが寝不足の過酷な現場では意識的に栄養のあるものを摂らなければ身体が持たない。二回の大きな食事の合間にもスープや小さな丼ものやチキンなど随時ホットスナックが出て、さらにセルフサービスの軽食ステーションがある。役者もエキストラもスタッフも同じものを手があいた時に自由に飲食することができる。ていうかみんなどんだけお腹空いてるんだ、さっき食べたばっかだろ!笑

この日はわたしにとってのデビュー戦でもあったし、このドラマシリーズ自体の撮影初日でもあったのでみんなさぐりさぐり自己紹介していた。PAは蛍光色のベストを着ているので(黒い服が好まれるとは何だったのか)下っ端だとわかるはずなのに偉い人たちが「はじめまして、what's your name?」とわざわざ挨拶しにきてくれた。みんなすごーく優しい。PAの親分であるKey PAや知人姉もすれ違うたびに「大丈夫?楽しい?」と声をかけてくれた。「シーズンが終わる頃にはみんな家族さ」と言ってたけれど、わたしは今の所大きな撮影の時にだけ駆り出されるお助けPAなのでどれだけこの作品に関われるかはまだわからない。それでもメモをとって話した人の名前は全員覚えるようにした。フリーランスで成功できるかは人脈次第で、人脈づくりは今日からもう始まっている。

実際にキャストが入ってリハーサルが始まったのは22時ごろだった。24時間表記はカナダでは通常使われないけど、深夜に動く事も多いこの業界ではこれがスタンダード。ここからはセットの間近に配置されて面白かった。wakie talkie(トランシーバー)に耳を傾けてカメラが回ってる間にクルーをおとなしくさせるという役目。というのもトランシーバーは全員が身につけているわけではなく、また役職によってチャンネルが違うのでいつも情報が共有できているとは限らないのだ。超高性能のマイクは小さな雑音も拾ってショットを台無しにしてしまうので、「だるまさんがころんだ」状態で全員仕事をストップする必要がある。監督がカメラスタートの時にRolling, カットの時にCutと言うのがトランシーバーで聞こえたらそれぞれ大声でリピートしてみんなに知らせる。どちらも日本人のわたしには発音が難しくて、変だと思われるんじゃないかと萎縮してしまった。ネイティブスピーカーの大衆の前で大きな声でゆっくり正しくゥローリンと発音できる自信のあるものだけがわたしに石を投げなさい(泣)。ま、そのうち慣れたっていうか開き直ったけど。場面の転換の間にはホットスナックを配って歩いたりゴミを拾ったりゴミ箱を空にしたり雑用をこなす。

PAの仕事はだから①見張り②ローリンと叫ぶ③ゴミ捨て④テント設営など雑用一般、こんなもん。あともう一つがlock upといってロケの時に一般の通行人を閉め出す、である。26時頃に最初のセットからシャトルバスでドナドナされてダウンタウンに向かった。よりによって治安の悪いHastingとCambieのところ!一帯を封鎖してバイクのスタントを撮るという。白バイの警察がたくさん出動してライトをピカピカさせていてめっちゃワクワクした。彼らが車を止めてわたしたちPAは歩行者を止める。金曜夜のHasting stは思ったよりも危険な人はいなかったけど酔っぱらいが多かった。捌ききれるか心配だったけど周りに他のスタッフも警察もいたのでちょっかいを出されることもなかった。ふう。野次馬に「何撮ってるの?誰か芸能人いる?」とか聞かれたけどまだ秘密のプロジェクトのため偽のつまんなそうなタイトルで撮っている。主演女優はこないだ某マーベル映画に出てた若手のアジア人の子。大型トレーラーに牽引されたバイクに跨って彼女が現れた時はかっこよくて鳥肌が立った。

そう長く交通をストップするわけにもいかないので撮影自体はあっという間だった。80年代のサンフランシスコという設定で撮っているので大道具のアメ車のナンバーも全てカルフォルニア。クルーが撤収準備をしている間にこれをしばらく見張る。同じく今日が初日というPAの女の子とずっと一緒にいて楽しかった。サーカスと呼ばれるベースキャンプがある元の会場にまたシャトルで戻り撤収手伝い。すべて終わった頃には時刻は28時をまわっていた。お疲れ様でした。知人姉が「楽しかったでしょ?わたしはこの仕事が大好き。超キツイけど大好きなのよ。I fucking love it!!」と熱っぽく語っていた。完全フリーランスなのでまた呼んでもらえるかの保証はないけど、帰り際に「来週は木曜か金曜かその両方に来てもらうからね」とサラっと言われて安心。まだ始発電車が走ってなかったのでKey PAが車でうちの彼の家まで送ってくれた。やっぱ車あったほうがいいよな…。運転練習しよ。

PAは飲食時も含め絶対に座ってはならないという体育会系のルールがあるので(カナダではこういうのものすごく珍しい)、脚も腰もバキバキに痛い。すでに秋の気配のバンクーバーの夜は冷えた。明け方バスタブに湯を張って長い一日の出来事を思い出してみてもまるで夢の中にいたようで実感がなかった。この物語は来年テレビで放映されれば永遠に語り継がれ誰かの心の中に生き続ける。わたしはたしかに物語の誕生に立ち会った。

おニューの靴が泥まみれ。


【追記】この日記を書き始めてから怒涛の忙しさでずいぶん時間が経ってしまった。同じドラマの現場を中心に、合間に別件のCMもやらせてもらって順調順調。あまりにも濃い毎日。一週間でファストフード時代の月収以上を稼いだ。遠くまで来たもんだ。