2014/03/03

追悼 ハロルド・ライミス


ハロルド・ライミスが亡くなった。『恋はデジャ・ブ』『アニマルハウス』『無ケーカクの命中男』そして『ゴーストバスターズ』など、彼の映画にはさんざん勇気をもらってきたし、これからも希望を無くした時はいつでも彼に助けを求めるだろう。

先日バンクーバーでは珍しい雪が降ったのと、2月だからということで『恋はデジャ・ブ』を見返したばかりだった。雪深い田舎町と時間の無限ループに閉じ込められた傲慢な男が、同じ2月2日を延々と繰り返し生きるというお話。今日も昨日と全く同じ事が起こるとしたら?性格の悪い彼でなくたってまずは悪さをはたらくのが人間の性というものだろう。しかし女にちょっかいを出したって、強盗でお金を手に入れたってそれは今日限りで価値を失い、明日にはまたリセットされて同じ一日が待っている。絶望した彼はあらゆる手段で自殺を試みるが、やっぱり目が覚めると2月2日に戻ってしまう。やがて彼は一番身近にいる同僚リタに惹かれていく。歪んだ時間の法則を利用し彼女の好みを徹底的に調べ上げアピールするが、付け焼刃で手に入れられるほど恋は甘くない。だけど明日はもっとうまくやれるはずだ。物質的な富は毎日リセットされても彼の経験だけは引き継がれ蓄積するのだから。彼女を喜ばせようと試行錯誤するうちに彼の心の中に善が芽生えていく。今日起こる災難から人々を救いたい。今日死ぬ老いた男の最後の一日がいい日であって欲しい。奪っても与えてもどうせ明日が来ないならば与えてみたほうが気分がいいのだ。どんな明日が待っていても、明日が無かったとしても今日を善く生きよう、明日忘れられたとしても目の前にいる人を今幸せにしよう。そう決意した時ついに魔法が解ける。こんな道徳的なテーマを一切の説教くささなしに描ききった名作だ。



日本では町山智弘さんが「ニーチェの永劫回帰を一本の映画が簡単に説明してしまった」と紹介したことで再評価された作品。ニーチェは「神は死んだ」という言葉で有名な通り神の存在を否定し、神に死後の救済を求める代わりに自ら今を正しく生きよと説いた。

ライミスはニーチェの影響を認めながらも、自身の宗教観をBuddhism(仏教)ならぬBuddh-ish(仏教、みたいな)と表現していて、「コメディ界のブッダ」とも呼ばれた。諸行無常、諸法無我。彼のお気に入りのクオートのひとつに「Ride the horse in the direction it's going(乗った馬が目指す方角に従え)」というのがある。心配ばかりしないで流れに身を任せしなやかに生きよという意味だ。「人は理解したり理解したフリをすることで物事をコントロールしようとするけど、この先何が起こるかなんていくら考えても誰にもわからない。わからないことは正直に『アイドンノー』と認めて、周りの声に耳を傾けたほうがいい。」

無ケーカクの命中男』は脚本も監督もジャド・アパトウだが、この台詞はいかにもライミスらしい。

"Life doesn't care about your vision. Stuff happens, you just got to deal with it. You roll with it, that's the beauty of it all. "
人生はお前の将来のヴィジョンなんて気にしちゃいないのさ。ただ運命に身を任せて、起きた出来事をどうにか始末していくしかない。それだけがお前にできる事だ。

わたしが本当に参っていたときに救われた言葉で、以前にもブログに引用している。『無ケーカクの命中男』はノーテンキなタイトルに反し、人生のさまざまなステージにいる男女の成長を真摯に見つめたコメディだ。主人公のベンはクラブで知り合った美女アリスンと酔った勢いでセックスしてしまい、さらに妊娠させてしまう。彼は子供のまま身体だけ大きくなってしまったような人でニート、一方彼女は昇進したばかりのキャリアウーマン。双方にとって最悪のタイミングだ。「こんなの俺の人生プランと違う!一応将来のヴィジョンとかあるのに!」と焦る彼に父親役のライミスは優しく、しかし迷いなく語りかける。ジャド・アパトウはこのたびの訃報に「主人公の父親役をオファーしたのは、彼がぼくらの理想の父親だったから―面白くて、温かくて、そして賢い。彼はぼくが今まで出会った中でもっとも優しい人間の一人だ。多くの若手が彼にインスパイアされてコメディ界を志した。彼の作品はこれからもずっと人々をハッピーにするだろう」とコメント。他にも旧友ビル・マーレイ、チェビー・チェイス、ダン・エイクロイドはもちろん、スティーブ・カレル、カット・デニングス、ジャスティン・ティンバーレイク、ラシダ・ジョーンズ、セス・マクファーレンなど多くのセレブリティが追悼メッセージを発表した。先ごろ行われた第86回アカデミー賞授賞式でプレゼンターを務めたビル・マーレイがノミニーを読み上げた後、「そしてもう一人、ハロルド・ライミス」とアドリブしたシーンは感動的だった。二人は『恋はデジャ・ブ』以降絶縁状態だったという。

ハロルド・ライミスはシカゴ出身。プレイボーイ誌のエディターを経て地元のお笑いアカデミーThe Second Cityに参加。ジョン・ベルーシらとニューヨークに移りビル・マーレイやジョー・フォレアティ(『フリークス学園』のパパ!)と共にオフブロードウェイショーThe National Lampoon Showに出演。そこから創成期のSNLに行った仲間たちといったん別れ、カナダのコメディーショーSCTVのヘッドライター兼パフォーマーとしてテレビのキャリアを開始。National Lampoonのプロデューサー、アイヴァン・ライトマンのオファーで『アニマルハウス』の脚本を書き、かねてから志していた映画業界デビュー。同作は史上もっともヒットしたコメディ映画として今もなお世界中で愛されている。


ソーシャルネットワーク』にも出てきたアメリカの大学の友愛会制度を題材に、負け組が勝ち組に一泡吹かせるというお話。成績は悪いわ、問題ばかり起こすわ、ブサイク揃いだわのデルタハウスだが、彼らには彼らなりの青春があるのだ。エリートイケメン集団オメガハウスとグルの学園理事会にハメられ、退学を命じられ、友情とモラトリアムの象徴であるハウスをつぶされ、さすがにヘコむボンクラどもをメンバー一の変人ジョン・ベルーシがけしかけるシーンは何度見ても心が熱くなる。Nothing is over until we decide it is!


ライミスはインタビューの中で「映画やテレビの影響って刷り込み(imprinting)みたいなものだ。たくさんの人の心にぼくの映画が刷り込まれ、記憶に残っていると思う。僕らが死んだ後もみんなが何かの拍子で映画を思い出して、何かしらポジティブな力を見出してくれたらいいな」と語っている。彼の映画も、彼自身も、いつだって前向きでハッピーだ。ユーモアに勝る武器などないと教えてくれた。ありがとう、ハロルド・ライミス。あなたはいつだって笑顔。

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