2014/01/18

Cinema Review: her

祝アカデミー賞ノミネート。『ゼロ・グラビティ』を観終わって猛烈に映画が観たくなったので(笑)ハシゴ。『マルコヴィッチの穴』『かいじゅうたちのいるところ』そしてジャッカスシリーズやビョークのPVなんかも撮っているスパイク・ジョーンズの新作です。いつのまにかリンコ・キクチとは別れていたようだ。

【ネタバレなし】

her(2013) 『her/世界でひとつの彼女』2014年6月28日 日本公開予定 imdb 予告編


コンピューターにはめっぽう弱く、自分のiPhoneにもSiriが住んでいるということを先週初めて発見した。Siriというのは米Siri社によって開発されiPhone4以降に搭載されているソフトウェアで、スピーカーに向かって話しかけるとこちらの声を認識し女性の声で答えてくれる、いわばバーチャルな秘書のようなものだ。たとえば「ママに電話」と言えば電話帳からママを探し出して電話を繋いでくれ、「20時になったら教えて」と言えばアラームを設定してくれる。「今日のお天気は?」「このあたりに中華料理屋ない?」と聞けば現在地を特定して一瞬で検索結果を表示してくれる。<彼女>は何でも知っている。<彼女>の精度は驚くほど高く、ふざけた質問にもウィットに富んだ返答をくれる。インターネット上ではSiriにしてみた質問大喜利が盛り上がっているようだ。

「人生の意味ってなんですか?」
「そういう問いについて考えを巡らせることです」

「何かジョークをひとつ」
「ふたつのiPhoneがバーに入って行きましたとさ。
…えーと、それでなんだっけ?続きは忘れました」


「アイラブユー」
「どうせ他のアップル製品にも言ってるくせに」

ちなみにわたしが彼女に初めてした質問。
「あなた、だれ?」
「わたしはSiriです。もう知ってるでしょう?」

『her』は明らかにSiriに着想を得たラブストーリー。ヒロインを演じるスカーレット・ヨハンソンは一度もスクリーンに姿を現さない。一昔前の未来、時は2014年。こうしてSiriをからかった後には十分説得力がある。「物質的に満たされても心は孤独で、だから人工知能に本気で恋してしまう暗いオタク」なんて安易な主人公像は過去の遺物だ。

主人公のテオドールは幼馴染でもある妻と離婚の手続きを進めている。手紙の執筆代行会社(こんなのあるんだね)に勤め大都会の瀟洒なタワーマンションに暮らすが、それも彼女が去った今は持て余し気味だ。


ガジェット大好きな彼はある日街頭ヴィジョンのCMで知った<世界初の人工知能搭載OS>をインストールする。
「はじめまして、テオドール」少しかすれた女性の声が優しく語りかける。これまでのコンピューターとは違う、自然な口調。「はじめまして…わあ、本当に人間みたい。君って名前なんかあるの?」「わたしはサマンサです。たった今、名づけ辞典から検索した数万件の名前から自分で選びました」「新着メールが3件あります。一件目…これは広告ですね、削除します」
テオドールは毎日毎日彼女に話しかける。彼女はそのたびに学習し、精度を上げていく。彼女はどこへも行かず、24時間休まず彼の命令をじっと待っている。彼女はテオドールの全てを知っている。スケジュールも、喜びも、悲しみも。彼は彼女に誰にも言えない孤独を打ち明けた。二人が恋に落ちるまでにそう時間はかからなかった。

彼女はプログラムされた宿命を超え、愛を知った。彼女は欲求を持った。テオドールが見ている世界をもっと知りたい!彼は小型端末を胸ポケットに入れて彼女を連れ出した。高度にテクノロジー化された近未来の生活と、海や山といった自然の風景の対比。地面を濡らす雨粒や空気中に舞う埃。冬の朝、やかんを火にかける。ガスのにおい。この映画で画期的なのは、これまで無条件に無機質なもの決め付けられてきたテクノロジーに有機的なものを違和感なく融合させ、それを強調したところだ。これが真に近未来的な近未来。いくら技術が発達したって生活はそう大きくは変わらない。コンピューターを作るのも使うのも結局は人間。21世紀でも、きっと23世紀になっても、人間は血の通ったコミュニケーションを求め続けるだろう。たとえばテオドールが仕事で代行執筆する手紙は手書き風フォントで便箋に印刷され、封筒に入れオフィス入り口にあるポストに投函される。OSシステムにEメールを朗読させる一方で、だ。

人と人とが分かり合う難しさは今後少しもアップデートされないだろう。すでに合意に至った離婚に思いをめぐらせるテオドール。やはり別離の危機を迎えた親友カップル。彼らの紹介でテオドールとデートする若く美しい女。コンピューターではなく一人の女性になってしまったサマンサとの恋。彼女が二人の物語に介入させようとする第三の登場人物。出会い、寄り添い、しかし結局はすれ違ってしまう人々の関係を繊細に編まれた会話が浮き彫りにする。テオドールはプロの手紙ライターだけあって人の機微を感じ取るのは大得意。とはいえ、自分の事となるとすっかり盲目になってしまうのだが。誰かを愛することの愚かさは普遍的な真理だ。

彼はいつも耳に装着したワイヤレスイヤホンでサマンサと会話しながら行動しているので一見独り言を言っているようにも見えるが、誰も不審に思ったりはしない。それは今やおなじみの光景だ。誰もがそれぞれの電子機器を注視し足早に過ぎ去って行く。だけどテオドールが派手に転んだ時には周囲の人間が一斉に手を差し伸べ、声をかける。人の目線で、鳥の目線で、ロサンジェルスと上海で撮影されたという大都市の風景が繰り返し映し出される。それは現代を巣食う孤独の象徴ではなく、むしろ繋がりの象徴のように見える。いまはバラバラでも何かの拍子で簡単に関わる人と人。無数の灯りは人間の存在を示すサインだ。君はどこにいるだろう。まだ見ぬ友もいるだろう。しかし、テオドールの愛する<彼女>はこの街のどこにも存在しない。



2014/01/16

Cinema Review: Clerks

グランビル通りのバッタ屋で10周年記念3枚組ボックスが5ドルで投売りされていたので思わず保護。10周年の時点ですでに10年前、今年で20周年だ!久しぶりに見たらやっぱり面白いな。


Clerks(1994) 『クラークス』 imdb 予告編

心の底からコンビニでバイトしたがる人間なんかいない。誰だって妥協を重ねてそこにたどり着き、「このままでいいのかなあ」と思いながらサルかロボットでもできる作業を日々こなしているだけ(何の危機感も感じていないとしたらそれこそ悲惨だ)。コンビニ店員から映画監督になったケヴィン・スミスはフリーター界の星である。


ニュージャージー州ハイランド、典型的なサバービア。スミスは高校卒業後コンビニや飲食店、墓堀り(!) 【訂正】原文のgraveyard jobsを文字通り墓と思いこう訳したのですが、英語で俗に深夜シフトのことをこう呼ぶそうです。など適当なバイトを転々とし、思いっきりモラトリアムしていた。「いかに少ない労働量で利益を上げるか、それが何よりも重要だった」。そこで彼が思いついたのがビデオ屋のバイト。一日中カウンターでビデオを見てるだけで給料がもらえるなんて最高じゃないか。そこで近所のビデオ屋、RSTビデオの面接に出向くが、コンビニでの職務経験がバレ、同オーナーが経営する隣のコンビニ、クイック・ストップで働くことになってしまう。それでもビデオ屋への未練が捨てられず勝手にレジ横にテレビとビデオデッキを設置したりもした。そこはいつしか仲間の溜まり場になった。ウザい客は適当にあしらいつつ、ポテチ食べながらスターウォーズや女の話で盛り上がる。のちに映画化されるとは当時考えもしなかったであろうクイック・ストップでの怠惰な日々は二年間も続いた。フリーターというのは続ければ続けるほど抜け出せなくなるぬるま湯だ(経験者は語る)。このままでいいわけないけど、ラクっちゃラクだしたまには楽しいこともあるし、新しいことを始めるのは面倒で、ダルいけどとりあえず明日もバイト行っとくか、という思考から抜け出すのは容易ではない。そしてやっぱりこのままでいいわけもなく、ゆっくりと窒息していく。


『クラークス』はそういう野心のないフリーターがコンビニでイヤイヤ働く一日を描いただけなのに、めちゃくちゃ笑える白黒映画だ。なにしろコンビニ店員(スミス)が実際バイトしていたコンビニで撮ってるんだから説得力がある。どのコンビニにもアダ名がついている名物客というのはいるもので、これが連続で現れたりすると本当にうっとおしい。彼らの習性を淡々と記録しながら、あとはスミスの分身である主人公ダンテやその仲間たちが延々とダベってるだけ。限定された空間をほぼ固定カメラ、長回しで捉えているので舞台演劇のようでもある。スミスによる脚本は見事だ。

彼の文章の才能は子供の頃から抜きん出ていた。高校時代にはブルース・ブラザースに憧れ、コントの台本を書いて人気者になった。当時組んでいたお笑いトリオはのちの『クラークス』組の中核になっている。ちなみに彼はこの頃から脚本絶対主義で、アドリブは絶対に許さなかったという。例のコンビニ時代、隣のビデオ屋バイトと映画を観て暇をつぶしていたときにリンクレイターの低予算映画『Slacker』に出会い、もともと映画オタクのスミスは「俺にもできる!映画が撮りたい!書きたい!」と急にひらめいた。そこですぐさまカメラを手に取り、ではなく、まず映画学校(バンクーバーフィルムスクール!)の短期コースを受講した。ここで『クラークス』のプロデューサーになるスコット・モズィアに出会うが、本人はコース途中で退学。地元に戻り一ヵ月で164ページの脚本を書き上げた。舞台はバイト先のコンビニ、クイック・ストップ。オーナーに頼み込んで撮影の許可ももらった。オーディションをして役者を集め、複数のクレジットカードを限度額いっぱいまで駆使し、あとは宝物のマンガやフィギュアを売って得た資金でクランクイン。『Slacker』の制作費が二万三千ドルと言われていたからだいたいそれくらいあれば撮れるんじゃないかという計算だが、もちろん出費は少なければ少ないほうがいい。鍵穴にガムが詰まってシャッターが開かないという設定は深夜閉店後のコンビニ店内で一定の照明で撮影するため。エキストラには知人に頼んだが、ドタキャンが頻発したためによく見ると一人二役、三役こなしている役者がいたり監督の家族が出ていたりする。というか、そもそもプロの役者は主役のダンテと彼女のヴェロニカ、元カノのケイトリンくらいで後はクイック・ストップに溜まっていた仲間だ。プロにしかできない芝居と素人にしかできない芝居の対比が面白い。編集はビデオ屋に泊まり込みで行われた。ビデオの棚に引っ掛けたフィルムをハサミで切ってセロテープで留めていく。


せっかく完成したので客に見てもらおうとなけなしの500ドルを払って小さな映画祭にエントリーしてみたところ、まばらな観客の中にいた偉い人の目に留まりサンダンス映画祭に招かれ高い評価を得、さらにミラマックスが映画を買ってくれたので無事クレジットカードの借金を返済できたスミスであった。DVDボックスに一緒に入っていたドキュメンタリーSnowball EffectにしてもJohn Kenneth MuirによるバイオグラフィAn Askew Viewにしてもお金や配給の話が続き、一般人が映画を製作する難しさが伺える。YouTubeもない時代だったらなおさらだろう。コンビニ店員から大出世を果たしたものの『クラークス』に続いて撮った『モール・ラッツ』で大コケ、自身の恋愛体験をヒントにしたほろ苦いラブコメ『チェイシング・エイミー』(傑作)で一皮剥けたと思いきや、『ドグマ』では過激な宗教ネタで敵を増やし、セス・ローゲンら大スターを起用した『恋するポルノ・グラフィティ』でまたコケる、となかなかうまくいかないみたい。とはいえ『クラークス』のキャラクター、ジェイ&サイレント・ボブのスピンオフ『ジェイ&サイレント・ボブ 帝国への逆襲』なんか観るとなにしろ楽しいのが一番だよなあ思う。こういう地元の仲間で映画を撮ってみたらなんか成功しちゃって、有名になってもずっと一緒に映画やろうな、というのは大変ときめく(ジョン・ウォーターズとか)。彼の作品は全部地元付近を舞台にしていて、たとえば「俺の先輩とあいつの姉ちゃんが~」といった地元トークで別の作品のキャラクターの名前が出てくるなど少しずつリンクしている。原点である『クラークス』のネタはもちろん鉄板。

滅多に喋らないサイレント・ボブ(左)を演じているのがケヴィン・スミス監督。
ただのおもろい友人で演技は当然初挑戦のジェイ(右)はなかなかカメラに慣れず苦労したそう

『帝国への逆襲』ヒッチハイクでハリウッドへ向かう二人。
スラッカーだってやるときはやるのだ

2012年末のツイートで『クラークス3』(2014年1月現在未完成)をもって映画監督業を引退すると宣言したスミスだが、『クラークス』10周年の時にはこう語っている。「監督業は続けるかもしれないし、辞めるかもわからない…。その決定権っていうのがそのうちぼくの手から離れて行ったりするもんなんじゃないかしら。だけどあのクソコンビニへの思いは絶対に変わらない。この先何が起ころうと、クイック・ストップで過ごした時代はぼくの人生の中で輝き続けるだろう。当時は抜け出したくて仕方なかったあの場所が今は恋しいよ。思い出補正ってやつかな。」まあ、コンビニ映画で成功したんだからそりゃそうだろう。大半の人にとってコンビニバイトを愛するのは難しい。

『クラークス』の主人公ダンテはフリーターの特徴を的確に捉えたキャラクターだ。学生の彼女に「学校に戻ったらいいのに、こんなコンビニでくすぶってもったいない」とハッパをかけられるも生返事。彼の様子を見ていれば彼が完全な馬鹿でないことは明白で、きっと学校の成績なんかもそこそこいいタイプだ。「真面目系クズ」みたいな。文句ばかり垂れているくせに状況を変えようとはせず、怒ってもいい場面でなぜか自分が謝る。こういう無気力な若者は『クラークス』が製作された90年代初頭にはジェネレーションX、最近ではfloating generation(浮遊する世代)とか呼ばれていて、一定の層として認識される。でっかな頭を抱えたまま職にあぶれてしまう、諦めることに慣れすぎた子供たち。

「閉店だよ」と垂れ幕を投げる、なんだかんだでさわやかなラストシーンが印象的な『クラークス』だが、実はお蔵入りした本当のラストシーンがある。それはなんと、何者かが店内に押し入り突然主人公ダンテを撃ち殺すというもの(YouTube)。ケヴィン・スミスは自らのオールタイムベストである『ドゥ・ザ・ライト・シング』を意識したらしいが、カットして正解だろう。台本の時点で非難轟々で、主演のブライアン・オハーランもハッキリ「やりたくない」と言ったらしいが、それでも撮影され公開直前までカットされずに残ったこのシーンには、フリーターならではの願いが込められている。このままでいいわけないけど自分から変化を起こすのはいやだし、何か劇的な変化が勝手に起こってこんな日々から脱出できたらいいなという、願いと呼ぶにはあまりに弱々しい漠然とした希望。



スーツを着てオフィスで働けばこんなフリーター的思考と決別できるか?人生を浪費する罪悪感は消えるだろうか?

クイック・ストップに現れたおかしな客。完璧な卵を探して全てのパッケージを開け、触ったり口に含んだり、最終的には絶望して泣きながら壁に投げつける。その場に居合わせた女性客(ちなみに演じるのはスミス監督の実姉)は彼を見てコンビニ店員にこう告げる。「あの人、ああ見えてスクール・カウンセラーね。考えてもみてよ、もし君の仕事がカウンセラーなんかと同じくらい意味ない仕事だったらやっぱり気が狂うと思わない?やりがいのある仕事をするのは大切なことなのよ。」こう言ったらさすがにカウンセラーの人は怒るかもしれないが、コンビニのレジもカウンセラーも給料と福利厚生と世間体は多少違えどその本質が無意味であることに変わりはない。気が狂わないように、頭を麻痺させてやり過ごすだけ。あるいは人生の大半を占め、死ぬまで続く無意味な仕事に自分なりの意味を見出すだけ。『クラークス』はそんなささやかな前向きを踏み潰すような辛辣な台詞を突きつける。「誰も無理強いなんかしてねえよ!自分の選択でここにいるくせに文句ばっかり言って、何でも人のせいにして」「お前が店番しなきゃ世界が終わるとでも思うか?サルでもできるコンビニのバイトをたいそうな使命みたいに勘違いしてるんじゃないか」

あなたが出勤しなくても世界は変わらない。あなたの代わりなどいくらでもいる。だけど、あなたはあなたの選択でここにいる。

さあ、明日も店を開けなくちゃ。




【参考文献】
  • John Kenneth Muir, An Askew View 2, Applause Theater & Cinema Books, 2012
  • 10周年記念DVDボックス『Clerks X』 付属のブックレット 

2014/01/04

Cinema Review: The Perks of being a Wall Flower

※映画は基本的に元の音声、英字幕で観ているので台詞の和訳はわたしの個人的な解釈であり、日本語版字幕とは異なります。


The Perks of being a Wall Flower (2012) 『ウォールフラワー』 2013年11月22日日本公開
公式サイト imdb 予告編

学園映画の祖『ブレックファスト・クラブ』やそのフォロワー作品はスクールカースト間の異文化交流を通してティーンの普遍的な悩みを炙り出したけれど、『ウォールフラワー』 ではそれ自体完結した文化系クラスタ内部にフォーカスを当て、彼らの春夏秋冬を学園映画らしいイベントを交えて描きあげている。グループの構成メンバーは従来の学園映画では負け組だったゲイやパンクス(なぜか仏教徒笑)、ゴス娘に年中ハイなスラッカーといったお馴染みのメンツ。この映画の中での彼らは堂々とカフェテリアの一角を陣取り、ジン(同人誌)を発行したりみんなで『ロッキー・ホラー・ショー』に「参加」したり定期的にパーティを行ったり、恋愛もするし学校主催のダンスパーティではちゃんとそれぞれ相手がいて、はっきり言ってかなりリア充だ。リア充なので当然ジョックスやチアへの反逆精神も薄い。これはもうカーストではなく単なる住み分けと言っていいかもしれない。学生時代、文化的趣味を共有できるこんなコミュニティがあったらどんなによかっただろう。もっとも現代の高校生なんかはSNSを駆使して学外に同志を見つけるんだろうけど。

全国のはみ出しっこ諸君が本気で嫉妬するであろう、
夢のような青春

主人公チャーリーがこの文化系サークルに招きいれられるきっかけとなったのは音楽(The Smithsとか)だった。上級生のパトリックやサムに出会う前のチャーリーの音楽の趣味は姉貴の彼氏のミックステープに影響を受けている。彼女が聴きもしないで「こんなのいらない、あんた要る?」とよこしたものだ。『キミに逢えたら!』でもゴミ箱直行を余儀なくされていたミックステープ、すごくロマンチックなプレゼントだと思うんだけどな。ジャケットが手描きだったりメッセージも録音されてたらかわいくて泣いちゃう。まあ、たしかに趣味が合わなかったらウザいだけか。
去年の夏、好きだった人に500曲あまり収録されたプレイリストをもらった。フラれても音楽は残る…グスン。誰の心の中にもmusical soul mate(『キミに逢えたら!』の引用)っているんじゃないかな?カセットテープはmp3と違ってわずかな曲数しか入らないし、シャッフル再生もできない。現代では音楽の受け渡しはずっとカジュアルなものになり、曲目曲順を熟考する必要はなくなった。ミックステープをプレゼントすることの重要性は想像することしかできない。(と若者ぶってみたが実は87年生まれなのでギリギリカセットテープは使っていた世代。その後すぐMDが登場した。)

余談ですがこの映画を観たせいで今はもう会えない500曲プレイリストの彼を余計に好きになってしまい、次に好きになった音楽の趣味の全く合わない男性に興味がなくなってしまった。どうしてくれる。

わたしは音楽は全然詳しくなくて、絶対的に信頼できる趣味の持ち主のオススメ以外は映画を観ていていいなと思ったものを調べて聴く程度なんですが、この作品を観てデヴィッド・ボウイのHeroesとDexy's Midnight RunnersのCome On Eileen、The SmithsのAsleepは速攻ダウンロードした。それからダンスパーティで流れていたこの曲、どこかで聴いたことあると思ったら『アドベンチャーランドへようこそ』のこのシーンで使われていたんですね。すごくいいよね。キュンキュンしちゃう。

The Crowded House / Don't dream it's over




そういえば『アドベンチャーランドへようこそ』と『ウォールフラワー』は主人公が想いを寄せるヒロインは別のロクデナシに恋して傷ついていて…という設定において共通している。『ウォールフラワー』のサムはダメ男好きを自覚していて「どうしてわたしも、わたしの好きな人たちも、自分をゴミみたいに扱うひどい人をわざわざ選んで好きになっちゃうんだろう?」とつぶやく。チャーリーは国語教師の言葉を引用してこう答える。We accept the love we think we deserve. 「ぼくらは自分にふさわしいと思った愛情しか受け取れないんだ」。この後会話は続くんだけどそれはネタバレになるので見てのお楽しみ…。ネタもとの国語教師との会話ではチャーリーは続けてこう尋ねる。「ではそういう人たちに、本当にふさわしい愛情を気づかせてあげる事はできますか?」答えはWe can try。たしかに「うん」とは言い切れない。「きみが初めてキスする人は絶対、きみのこと心から愛してる人であって欲しいから」と言ってチャーリーにキスをしたサムのように、欲しがるんじゃなくて与えることで愛されるに値する人間になることもできるんじゃないだろうか。「少なくとも試すことはできる。」


このサムの行動には深い意味がある。
【この辺りからネタバレ気味】




メインの登場人物は三者三様、不可抗の十字架を背負っていて、青春のほろ苦さどころの騒ぎではない、かなり重たいテーマへと発展していく。そのヒントが序盤からさりげなく挿入され絶妙にダウナーなムードを含ませるなど演出は全体的にはよかったが、小説家志望の主人公の一人称視点で語られるためか、原作小説の作者が脚本監督もしたせいなのか、若干台詞で語りすぎな面が気になった。たとえば終盤の「ドクターが両親に、おばさんが僕にしたことを伝えた時…」というのは完全に蛇足だったと思う。サムに触れられたことをきっかけにフラッシュバックする過去の描写で十分伝わったはず。例のトンネルのシーンもナレーションで語りすぎたために台無し。主人公の目のフィルターを通した主観の映像が美しかっただけに残念。フットボールの試合でサムと初対面するシーンや、『ロッキーホラーショー』、大晦日にLSDをキメるシーンなんか魔法が宿ったように幻想的ですごくよかった(劇場で観られなかったのが悔やまれる!)。美しい瞬間に「美しい」と言っていいのは登場人物ではなく観客なのだ。映画ってそういうものでしょ。

2014/01/02

謹賀新年

chihirousagiより、遅ればせながら謹んで新年のご挨拶を申し上げます。当ブログ、(たぶん)ご愛顧賜りちょうど二周年です!わーい!思えば随分遠くに来たものだな…シミジミ。新しい日記帳を開いて、白紙のページにこれから何を書くのかなってワクワクするのが好きです。ブログも同じ。

年末年始だけはどうしても日本(食)が恋しくて大晦日に年越しそばを食べました。フライパンで揚げ焼きにして小エビのかき揚げを作ったんだよ。思ったより上手にできた。



NYタイムズスクエアからのライブ中継を見ながら飲み始め、カウントダウンは人んちのホームパーティ(というのは和製英語で本当はハウスパーティと言う)をハシゴするかなあという話だったんだけど、急遽予定変更で逆に全員うちに呼ぶことになり、大慌てで準備。前もってわかってればちゃんと飾りつけしたりツマミを用意したりできたのにー。いっつも行き当たりばったり。

友達のDJ、カルロスくんが来てくれた

兄たち。
何故近所から苦情が来ないのか不思議。笑
去年も思ったんだけど大晦日はちゃんと正装するらしい。
わたしも少しフォーマルな装い。

みんななかなか来なくてどうなるかと思ったけど23時55分になってどどどどっと30人くらいの集団がやって来た。主にグランビルアイランドの人々。ワーホリとかでこれからバンクーバーで仕事を探すっていう人にオススメなのがグランビルアイランド(市場)。うちの新ルームメイトが働いてるんだけど、他の店舗の友達いっぱいできてめっちゃ楽しそう。廃棄になった食品も毎日どっさり持って帰ってくる。いやー二年前には思いつかなかった。

暗くて何がなんだかわかんないけど一応0時ちょうどの様子

バタバタとゲストにお酒を配りあっという間にカウントダウン。ハグハグキスキス!この瞬間が大好き。幸せー!


飲んで、歌って、踊って、宴は当然朝まで続きましたとさ。そして当然二日酔いで一日寝てたらお正月終わってましたとさ。案の定べろんべろんに酔っ払い新年の誓いを元旦に早速ブチ壊すなど、相変わらずいい加減なわたしですが今年もどうか暖かく見守ってください。

ちなみに新しく立て直した新年の誓いは昨年と同じで「予定は立てない。なぜならどうせ予定通りに行かないのが人生だからだ」です笑

2013/12/28

NY旅行記 完結編

若干息切れ気味だけど絶対年内に最後まで書くぞー!笑

Day 4

あっという間に最終日。昨日の夜食べ切れなくて包んでもらったサンドウィッチとビールが朝食。ホテルのパソコンを借りて今日の作戦を立てる。初NYなので一応自由の女神は見ておくか。フェリーに乗るらしいとは聞いていた。お天気がいいのでちょうどいいわん。


ホテルをチェックアウトしてスーツケースだけ預かってもらう。高い天井にふかふかベッド、古いけれどきちんと手入れされていていかにもNYらしい素敵なお部屋だった。ロケーションも最高。(しかしブラインドの開閉方法が不明。)

事前調査で船着場があるバッテリーパークまでは地下鉄で一本とわかっていたのだが、どうやら調べ間違えたようでホテルの最寄り駅からはお目当ての路線が出ていないようだった。iPhoneはあるけど駅にwi-fiないし、路線図もないし、駅員も見当たらないので聞き込み調査しか手段がなくなった。ていうか路線図くらい入手しておきなさいよ自分…。たしか目的地は南なのでとりあえず適当に南(Downtown行き)の電車に乗ってみる。適当に大きそうな駅でいったん降りてなるべく地元民ぽい人に話を聞いてみる。やはりみんな親切。もっともこの日は日曜日でダイヤが変則的で、ニューヨーカーも戸惑っている様子だった。電車の車内には電光案内板があるのでそれを見てから踵を返す人や、「今日は急行はないらしいで!」と教え合っている人々。駅に着いてからも「平日の○時~○時及び週末はこの出口は閉鎖」など、なかなかの不思議なダンジョンぷりである。

Bowling Green駅というところに「フェリーに乗り換え」と書いてあるのでここで下車。適当すぎ…こんなんでよく着いたな。駅を出てからはちゃんと観光地らしく看板があってそれに付いて行った。チケット売り場が混雑すると聞いたのでホテルのパソコンで事前に購入してきたのにガラガラ。なーんだ、クレジットカードの番号入力したりメールチェックしたり、かえって時間かかっちゃったじゃないの。船に乗る前に空港のような厳重なセキュリティチェック。エンパイアステートビルディングも、グラウンドゼロも、やっぱり911以降は厳しいんだな。

フェリーはあまり待たずスムースに乗れた。晴れて太陽が暖かいと思いきや、出航したとたんデッキは風がビュービュー吹いて極寒である。

マンハッタンとしばしのお別れ

風が強くて涙が出ちゃう

どうして船に乗るとせつない気持ちになるのだろう。こう寒くて雪が残っているとなると、これまた風情がある。無意味にシブい顔。ふるさと離れてたったひとり海を渡る…アンタだけが頼りさ。あゝカモメよカモメ、浮雲の二人は幸せになれるのかい?的なストーリーをでっちあげてウットリ。

わ!だんだん近づいてきた!

キターーーー 自由の女神さんや!

妄想から目を覚ますとオウ、say can you see。自由の国アメリカの象徴、Statue of Liberty! かっこいい!写真や映画でさんざん見たので今更ねえ、と若干渋々だったのだがやはり実際見るとグっとくるものがある。わけもわからずとりあえず自由サイコーと思った(名前しかわかってない笑)。ジミヘンがウッドストックで奏でたアメリカ国歌が頭の中にビリビリ流れる。

自由の女神さまがおられるスタテン島に降り立ってお散歩するだけのコースの他に、予約制の台座まで上がれるコース、そしてなんと女神さまの冠まで登れるコースまであり当然チケットの値段が少しずつ違うのだが(値段は大して変わらないのだがさすがに冠は予約が取れない)、高いところが好きなわたしは台座まで行ってみることにした。階段つらい…



超至近距離でみるとドレスのドレープとかすごく凝っていて感心。このチケットで自由の女神の歴史や、建設の過程などが見られるプチミュージアムにも入れてなかなか楽しかった。

自由からの逃走』という本がある。みんな自由がこわくて自由から逃げているのだ。自由には責任が伴うだけでなく、人をひとりぼっちにする。だから人は自由を売り払ってでも集団に所属するほうを選ぶ。所属する集団のイデオロギーが正しいかどうかとか、所属して心地よいかどうかはもはや関係ない。(ナチズムを扱った本なのだが導入部はこう。興味ある人は是非。)わたしはさしずめ自由から逃げ出した人たちから逃げ出した格好か。
とはいえアメリカという国は自由というドラッグの副作用を知るための最適の(最悪の)実験場である。知れば知るほど病んだ国で、そこがまた魅力的でもある国だ。違う国なんだから当たり前だけどアメリカとカナダは全然違う。
というのはミュージアムで学んだお話ではなくわたしが勝手に自由という言葉から連想したお話。

すんげーかわいいバービーさん。
やはり買えばよかったか…

地味に飛行機の時間が気になりだしたのでホテル方面に戻ることにした。なにしろ適当に来たのでまた適当で帰れるとは限らないのだ。でも適当に帰れた。ここからさらに観光するには時間が足りないし、空港に向かうには少し早いのでまたグランドセントラル駅で降りてみた。当然足が勝手に動いて例のオイスターバーに連れて行くのだが、がーーーーーーん!日曜定休!


かなしい…牡蠣で始まって牡蠣で終わるっていいじゃない、と思ったのに。4日間ほとんど100点満点に楽しかったのにここで10点マイナス。でもまたこの駅に来られただけでよかった。大好きな場所。プラス10点。ポジティーブ!またまたしつこいようだが、一年振り返ってみるとつらいことも全部あってよかったと心から思う。つ、つよがりじゃないぞ!結果オーライ。100点満点の人生、ドルチェ・ヴィータ。


あまり遠くまで行きたくなかったのでホテル周辺を散歩。どこを歩いても絵になる街。
やり残したことはもちろん山ほどある。なにげにちゃんとタイムズスクエアやブロードウェイを見てないし(バスで通りがかっただけ)、クイーンズボロ橋もブルックリン橋もどこにあるかよくわかんなくて『マンハッタン』ごっこできなかったし。

NYといえばウディ・アレンでしょ?
「実に偉大な街だ。魂を奪われてしまう」(『マンハッタン』)

寂れまくったコニーアイランドにも行ってみたかったし、夜遊びもしてみたかったし。レナ・ダナムに偶然会いたかった!NYって、東京と同じで強く念じたら会いたい人にちゃんと会えちゃう街のような気がする。でもいいの。まだまだやりたい事が残っているほうがいい。ありがとうニューヨーク、絶対また戻ってくるからな!


【完】

2013/12/24

NY旅行記 中編

Day 3

目が覚めてブラインドを開けると、雪、雪、雪!(また写真撮り忘れ…)現在進行形でワッサワッサ降ってるので、室内レジャーにいそしむことに。Whitney Museum of American Artで現代アートに触れる。

と、その前に腹が減っては戦はできぬので館内に入っているレストランで食事。美術館にあってUntitled(=無題)とはこれまたオシャレすなあ。なんだか子供多いなあと思ったら今日土曜日なのね。

212-570-3670
945 Madison Avenue at 75th Street
営業時間 水、木11:00-18:00
金 11:00-9:00
土日 10:00-18:00
定休日 月火 

アメリカに来たのでバーガーを食べようとThe Untitled Burgerというのをオーダー。なぜかuntitledをultimateと読み間違える。どうやらこのお店パンに力を入れているらしくてバンズがパリっとフワっと、かつ風味豊かで美味しかった。お肉はミディアムレアで頼んだのにけっこうレアレア…まあ旨ければなんでもいいです。思わずナイフとフォークを構えたくなるようなしっとりお上品なお味で、ビールもいいけどワインも飲みたいなあと思った。美術館であんまり酔っ払うのもアレなので我慢。

公式サイトより

メインの展示はRITUALS OF RENTED ISLAND: OBJECT THEATER, LOFT PERFORMANCE, AND THE NEW PSYCHODRAMA—MANHATTAN, 1970–1980というタイトルで、パフォーマンスアートやインスタレーションの類。よってビデオ展示が多くて全部見るのにかなり時間がかかった。で、感想はというと正直よくわかんなかったです。まあこうなるのは見る前からわかっていたのだ。たとえばわたしが何か作ってあそこに置いたらいったいどれくらいの人がペーペー素人の出鱈目作品だって気づくだろう?アート的な文脈にそれらしく置けば、空っぽのハリボテでもアートになるんだもん。(という素朴すぎる命題を、現役超人気アーティストのバンクシーが提起したドキュメンタリー『Exit Through the Gift Shop』 は傑作。あれ見てバンクシー好きになった。)「なんだかよくわかんない」という結論は見る前からわかっていたとしても、したり顔で理屈をこねてみたり、子供のように無垢な気持ちに戻ってみたり、見終わった頃には脳みそがすっかりクタクタで、やっぱり美術館っておもしろい。そうそう、街の中でもヒップなエリアというのは時代とともにどんどん移り変わるもので、地図の資料は初めてNYに来たわたしはとても興味深いものでした。2日目にひと昔は超イケてたらしいイースト・ヴィレッジというエリアを散歩したんだけど、本当に「昔はイケてたんだろうなあ」という雰囲気でウケた。今がイケてないというわけでなく、昔イケてたっぽいっていう。今はどこらへんが一番イケてるんだろう。

お手洗いは下のフロアに行かないと無いと言われ、ついでにT. J. WILCOX: IN THE AIRという作品も見た。ぐるっと円柱状のスクリーンにマンハッタンの風景が映し出されるというもの。これはどこか高いところに昇って直接見ればよいのでは?(アーティスト泣かせの身も蓋もない感想) ワークショップの子供グループが熱心にスケッチしていて微笑ましかった。わたし、本当に子供が好きだ。

雪は止むどころかますます強くなったみたい。帰りは初めてバスに乗ってみた。公共交通機関は地元の人の生活に紛れ込むようでおもしろい。NYの人は運転手に挨拶しないんだなー。バンクーバーでは乗るときに「ハロー」、降りるときに「サンキュー」と叫ぶ人が多い。わたしも必ず言う。英語圏の人は日本人よりもずっと挨拶を大切にする。
バンクーバーにしろNYにろ、ストリートはほぼ碁盤の目で東京に比べるとずっと単純なので大まかな方角がわかっていれば目的地近くまで迷わず行ける。東京にいたときはiPhoneの方位磁石なんか使ったことがなかった。

NYのバスはアナウンスがないので注意深く窓の外を見ている必要がある。サンタのコスプレの人を見かけてニヤニヤしていたら、ストリートを上がるほどにどんどんサンタ増えてきて、最終的にアジトを突き止めた。会議でもあったのだろうか。


今回の旅の主要目的であるジョン・ウォーターズ先生の講演会まで微妙な時間があいたのでホテルで休憩。緊張を紛らわすようにお化粧直しと着替え。先日自分への誕生日プレゼントに買ったジェフリー・キャンベルの15cmプラットフォームを解禁。雪が積もっているときは案外こういう靴がラク。充分時間に余裕をもって会場のクラブ、Stage48へ向かう。会場に着くとまずはIDチェック。こないだ手に入れたばかりのカナダの運転免許証をドヤ顔で見せつけ。海外ではいついかなる時でもIDを携帯しなければならない。といっても、NYで提示を求められたのはこの時一回だけだった。バーでも酒屋でも完全スルー。カナダではもう慣れて、聞かれる前に手元に準備するようにしているので拍子抜け。アメリカのほうが甘いみたい。

かなり早く着いてしまい、まだ誰もいない。緊張を紛らわすため会場内のバーでワインを煽り最前列を確保。師匠監修のクリスマスコンピ『A John Waters Christmas』が大音量で流れていて早くも半泣き。それにあわせて歌っている他のファンを見てますます泣き。


この空間には彼のファンしかいない。そのことを思うだけで胸がいっぱいになる。同じ映画を好きな仲間は世界中にいる。もしもその仲間に出会えたとしたら、名前を知らなくたって国籍が違ったって一瞬で友達になれちゃう。これが映画について好きなことのひとつ。邦題だと通じない場合があるので、普段から意識して原題(もしくは英語タイトル)をチェックするようにしている。

隣の席のオバチャンは、そのまた隣のお姉さんと母娘らしい。なんてクールな家族!ジョン・ウォーターズの作品で一番好きなのなに?と聞かれて咄嗟に『シリアル・ママ』ですと答えたら(本当は『モンド・トラッショ』が一番好き)、「well, あたしがシリアル・ママよ!」だって。かっこいい。他にもいろんな人に話しかけてもらってすごくうれしかった。わたしは就職のためでも資格試験のためでもなく、人と繋がるために外国語を勉強している。
ちなみに客層は割と若めで、さすがにエキセントリックな風貌の人が多かったです。

そして8時、いよいよ開演。うはああああああああ本物のジョン・ウォーターズだ!最前列なので高めのステージを見上げるかたちになり、かなり神がかって見える。神がかってるっていうか、実際神なんだけどね。なんという眩しいオーラ。スポットライトのせいではなく、本人が発光していた。背筋がビシっと伸びて超かっこいい!いつもながらスーツの着こなし完璧、小物のコーディネートも素敵。コムデギャルソンかなーと思ったらやっぱりそうだったみたい。「趣味のいい悪趣味」というのは彼の根本思想だが、いくらなんでも品が良すぎる。

「こんばんわ。ジョン・ウォーターズのクリスマスの大虐殺へようこそ」と口火を切るや否や、軽やかにステップを踏みながらよどみなく喋る、喋る。あまりの興奮に気を失いそうになりながらも必死に話題に付いて行く。は、はやい…そしてマイクと口が近い…笑。聞き取れないところもあったけど、内容は著作やインタビューで予習していたものと結構かぶっていたのでだいたい理解。いちいち皮肉たっぷりで超笑った。クリスマスにもらってうれしいもの・いやなもの、クリスマスソングの話、ジャスティン・ビーバーに会った時トレードマークのヒゲを褒められた話(よっぽど嬉しかったみたい)、ヒゲを描くのはメイベリンのアイブロウペンシルでなければ絶対だめな話、来年出る新著の宣伝、あとはゲイネタが多かった印象。これはちょっと意外。昔からごく自然にカムアウトしてはいるけれど、こんなに積極的にネタにするようになったのは最近になってからのような気がする。うしろの席の男性カップルは虹色プライドT着てたし、まあゲイに人気があるんだろうな。
映画の話に出てきた名前はダグラス・サーク、ファスビンダー、ペドロ・アルモドバルあたり(だっけ?ちょっとうろ覚え)。このへんはもうお馴染みですね。ちなみにベストクリスマスムービーは『サンタが殺しにやってくる』だそう。これもファンの間では常識。自身の過去の映画やそれにまつわる思い出話にはあまり言及していなかったと思う。なんだかんだで自己ベストであろう『ピンク・フラミンゴ』と、資金不足のため製作が進まない(中止になった?)『Fruitcake』の話は少し。あ、あとFinal Destinationシリーズに出てみたいって言ってた笑。そうそうジュリアン・アサンジの話もしてたっけ。結構インターネットとかするのかなあ。質疑応答コーナーで聞けばよかった。こういうトークショーは割とよく行くんだけど、一度も質問できたことがない。手を挙げるタイミングがつかめないのだ。今回も無理だったなあ、シュン。矢継ぎ早に飛ぶ質問に一瞬のギャップもなくキレキレの答えを出してみせる頭の回転の速さには感動してしまった。身ひとつ、マイク一本で観客を惹きつけられる人は本当にすごい。

楽しい時間はあっという間。これだけで感無量なのにさらにこの後VIPチケットを持っている人はご本人に直接meet and greetできるのだ。


どやあああああ!本物やで!マダム・タッソー蝋人形館とかじゃないで!
与えられた時間はごくわずか。とりあえず「は、ハロー…お会いできてとても光栄です」と声をかける。「来てくれてどうもありがとう。ハワユー?そんな薄着で寒くないの?」や…優しい(涙)


わたしが小さい頃から魂の拠り所としてきた聖書、『悪趣味映画作法』にサインをもらった。「これは『Shock Value』の日本語版です」と説明すると「えー日本でも出てたんだ?知らなかった」とのこと。いやいや知らなかったのかよ笑!多分知ってるけど忘れちゃったのだろう。こういう博学な人は日常の細かい記憶をどんどん捨てていくからな(わたしの大学のお師匠様がそうだった)。「そういえば東京に行ったことあるよ」これは忘れていなかったらしい。最後に来日したのは『セシル・B /シネマ・ウォーズ』の時だったはず。

「こっちおいで、一緒に写真を撮ろう」と言われ、スタッフの人にiPhoneを渡す。もう少しお話したかったけど案の定緊張で脳がショートし、もはや白目。そうこうしているうちにいわゆる「剥がし役」の人に促され神との直接対話を終えたのでした。最後にもう一度「ありがとう」と言ってくださった。ううう…泣ける…

運よくすぐにタクシーがつかまり、ホテルの隣のパブで飲んでいたら緊張の糸が切れて一気に涙がこぼれた(相変わらず意味不明なタイミングで泣く人)。わたし…本当にジョン・ウォーターズに会ったんだ、直接お話したんだ。これから先どんな困難が待ち受けていても、この思い出があれば生きていける。一生の宝物ができました。


思った以上に長くなってしまったのでここまでを中編としまして、次回後編で完結させるようにします。最後まで読んでねー!前回の投稿、お友達からはけっこう評判よくてうれひー。文章を読んでもらえること、褒めてもらうことは何よりもうれしいです。ありがとう。



【参考URL】JW先生のお話の内容をあまり覚えていなくて情けない。。。同公演をとりあげた記事を置いておきますのでご興味ある方はどうぞ。これらを訳してコアなファン向けにもうすこし詳しく書こうかなあと考えてはいます。

2013/12/21

NY旅行記 前編

去る12月11日から15日まで、三泊四日でニューヨークに旅行してきました。長文注意。

Day1

オープニング番(午前6時出勤)で仕事してから夜便でNYへ。虚弱体質のわたしにとってはこれだけで殺人的スケジュールである。フライトは約4時間。バンクーバーとNYに3時間の時差があるとは知らなかった。全然寝てないじゃないかー!JFK空港からダウンタウンへはバスで1時間弱。噂には聞いていた渋滞に辟易。電車にすればよかったなあと少し後悔するも、後で電車に乗ったらやっぱりバスでよかったと考え直す。

ホテルに荷物を預けて、まずは景気づけに牡蠣とシャンパン。


212-490-6650
89 E 42nd St, New York
営業時間 月~土 11:30-21:30
日曜定休



The world is my oysterという慣用句がある(実際レナ・ダナムがラジオで言っていた)。直訳すると「世界はわたしの牡蠣」。シェイクスピアの引用で、自分の手で牡蠣をこじあけて真珠を手に入れてみせる、世界は俺の思いのままだ、という意味。なので牡蠣は縁起のいい食べ物だ。欲張ってプリプリの生牡蠣盛り合わせを平らげる。続いてカキフライとビール。涙が出るほどうれしくて美味しかった。NY着いて数時間ですでに幸せの絶頂。しつこいようだけど今年は本当に苦労が多かったので、幸せがジンジン心に沁みる。奪い返した自由。世界は思いのままだ。

1913年オープンのこの歴史あるオイスターバーはGround Centralという駅の構内にある。ランチに遅しディナーに早しの微妙な時間だったのに激混み。混んでいるというとちょっと違うな、活気がある、だ。広ーい店内に大勢のスタッフがテキパキ働いていてちゃんと待たずに座れた。カキやチャウダーをつまみにサクっと一杯ひっかけているおひとりさまが結構多い。通勤途中にこんな使い勝手のいいお店があったら毎日誘惑に勝てないだろうな。レトロな内装や雰囲気も最高。映画の中にいるみたい。



4日間の滞在で素敵なものをたくさん目にしたけど、実はこのGround Central駅が一番気に入った。ただの駅なんだけど何か新しいこと、面白いことが起きそうな高揚感が充満している。『エターナル・サンシャイン』『ステイ・フレンズ』『キミに逢えたら!』など好きな映画に繰り返し出てきた場所。高い高い天井のアーチをはじめとした建築様式や、たくさんの人がひっきりなしに行き交う様子は圧巻で、いつまで眺めていても飽きない。急にフラッシュモブ(ネットなどで知り合った有志が公共の空間でゲリラ的に行うダンスパフォーマンス)が始まったら…と想像してワクワク。

テンションアゲアゲのまま(ここまで書いて気づいたんだけどわたしの日本語ボキャブラリはアップデートが必要だ)、エンパイアステートビルディングに昇ってみた。高いところ大好き。


言うまでもなくNYを唄った歌はそれこそ数え切れないほどあるのだが、わたしにとってはやっぱりアリシア・キーズとJay Zのアレなのよね。すまんねミーハーで。昔はニューヨーク♪の部分しかわからなかったけど、今なら歌詞が聞き取れる。
New York, concrete jungle where dreams are made of / There's nothing you can't do / Now you're in New York / These streets will make you feel brand new, the lights will inspire you / Let's hear it for New York...(ニューヨーク、夢でできたコンクリートジャングル/不可能なんてひとつもない/ニューヨークのストリートは新しい気持ちをくれる/街の明かりがあなたをインスパイアする/ニューヨークに喝采を送ろう) 
この曲を聴きながら想像していたNYという街に、ついにやって来た。当たり前だけどエンパイアステートビルディングにいるのでエンパイアステートビルディングは見えない。クライスラービルは見えた。NYといえば、『パラサイト・イヴ』っていうプレステのゲームも思い出す。1998年だって。ひえー15年前。

展望台は外にも出れるようになっているのだが風がビュービュー吹いて生命の危機を感じるほど寒い。この日の気温は氷点下6度だか8度程度で大したことないのだが(一応カナダ在住なのでこのくらいでは動じない)、体感温度は氷点下15度くらいに感じる。とにかくバンクーバーよりはずっと寒くて凍えそうだ。ニューヨーク=オシャレと思ってちょっと気取ったドレスばかりスーツケースに詰めてきたが、案の定外人はオシャレ無視で防寒に走っていた。明日は手持ちのものを全部重ね着することにしよう。

半端な時間に食事したのでお腹がすかず、夕飯は適当なパブでビールを飲んだだけ。まだまだおぼつかないレベルとはいえ、こういう何気ない瞬間に英語話せてよかったなーと思う。勝手にNYの人は冷たいかもと想像してたんだけど、全然そんなことなくてバンクーバーと同じくらいフレンドリー。ナンパや怪しいセールスというわけではなくて(もちろんそういう場合もあるけど)、たまたま居合わせた知らない人同士が会話するのが当たり前という感覚は日本ではちょっと味わえない。バーで、クラブで、電車で、コンビニで、エレベーターで、異なるバックグラウンドを持った人たちが共通の言語を介して出会っては離れていく。短いハローとグッバイ。無数に煌く電灯ひとつひとつに、無数の物語が宿っている。


Day2

とにかく寒いので外を出歩くだけで消耗してしまう。あまり張り切らずに昼ごろホテルを出発。地下鉄に乗ってチャイナタウンへ。


NYの地下鉄、殺風景すぎィ!狭くて暗くて汚くてネズミの巣みたい(じっさいネズミの巣も兼ねているだろう笑)。よーく思い出してみると東京もたいして変わらない気もするのだが、オリンピックのときに見栄えよく、と建設されたバンクーバーの超クリーンな地下鉄に慣れすぎたせいか最初かなり怖気づく。昔と違って今は治安は心配ないそうなのだが、それでもoff hours waiting areaとかあった。ラッシュ時間外で人が少ない時間帯はこのエリアでみんなまとまって電車待ちなさいよ、人気の少ないところで何か危険があっても知らんからねというスペースである。女子ひとりでガラガラの終電に乗るのなんか余裕すぎるバンクーバーと比べると衝撃的。東京よりよっぽど安全な街に住んで二年弱、わたし平和ボケしすぎてるな。あとNYにはバリアフリーのバの字もなかった。スペースに限りがあるから仕方がないとはいえ、エレベーターどころかエスカレーターもないし改札狭いし、段差だらけで車椅子やベビーカーの人はどうするんだろう。バンクーバーは多分法律で決まっていて、何もかもバリアフリー。

チャイナタウンには小さい土産物屋、レストランやグロサリー、魚屋がずらっと軒を連ねている。東京に行った時に街中で新鮮な魚を買えることに驚いたけど、NYもとはね。バンクーバーのスーパーにはロクな魚がなくて、魚屋も滅多になくて、市場まで行かないと買えないのできっと外人は魚に関心がないんだと思っていた。海が近いのにどうしたことだろう。

このあたりから写真を撮るのがおっくうになっている。ブロガー失格。お昼は中華粥を食べた。シーフードどっさりで美味。温まるー。酒を置いてなかったのが気になったけど、ここでビールを飲んだらまた身体が冷えてしまっていただろうから飲めなくてよかったのかも。そんなら紹興酒飲みたかったな…アルコール依存症は自覚している。まあ、若さの一部だろう。


限られた時間の中で、グラウンドゼロは絶対に訪れておきたかった場所のひとつ。昨日エンパイアステートビルから見えたひときわ個性的なビルたちは4WCと呼ばれる新貿易センタービル群だったと判明。なにしろ、前に進まなくちゃね。


旧WTC跡地はこんな風に滝のモニュメントになっている。もちろん二つ。四方に犠牲者の名前が刻印されている。奈落の底は見えず、しずかに自分の白いため息が吸い込まれていくのをぼんやり眺めていた。2001年9月11日、わたしにとっては9月12日かな。朝中学校に登校すると社会科の先生が「すごいことが起こったぞ。これはな、歴史が変わるぞ」と力説していたのを思い出す。あれから12年、いま悲劇の現場に立ってみて…何も頭に浮かんでこなかった。とりあえずシュンとしてしまった。悲しい、悲しいねえ。誰だって傷つきたくはないし傷つけたくもないはずなのに、どうしてこんなことが起こるのだ。

眉間にしわを寄せて追悼記念ミュージアムもじっくり見ていたらあっという間に夕方になった。
もう一つ、NYでどうしてもやりたかったのがロックフェラーセンターでアイススケートである。人ごみを掻き分けてこの巨大クリスマスツリーが見えてきたときは感動した。『ホーム・アローン2』や『エルフ』、いろんな映画で見たアレだ!ギンギラまぶしい!
     


並んでいる間に氷上でプロポーズがあった。大勢のギャラリーに熱烈祝福されててマジでうらやましかった…いつかわたしと結婚したがる猛者とか現れるんだろうか。いや、ありえないな。ていうか万が一何かの間違いでプロポーズされたとしたら、多分それは何かの間違いなので全力で「よく考えたほうがいい」と止めると思う。

1時間以上外で並んで、40ドルくらい払ってスケートリンクに入ったんだけど寒すぎて震えが止まらず、10分程度で退散。それでも超満足。今もスローモーションで思い出せる、夢のように美しいひととき。半透明の銀盤にツリーの光が滴ってアイスキャンディみたい。はっぴーーー!クリスマスっていいもんだなあ、と素直に思った。

いよいよ寒さが厳しくなってきたのでホテル方面に戻りつつ、途中エンパイアステートビルディングの隣にあるロティサリーチキン屋でディナー。外にBreweryと書いてあったので無意識のうちに吸い込まれていた。運動(スケート)の後のビールは美味い。ブルックリンラガーとかそんなようなのをオーダー。旅行に行った時は基本的にその地名が入ったビールを選ぶようにしている。しっとりロティサリーチキンとなめらかマッシュポテトの組み合わせ、だあいすき。楽しい、おいしい、幸せ、幸せ。こんなに幸せでいいかしら。うん、いいんだよ。幸せになることは後ろめたいことなんかじゃない。代償を支払う必要もない。


Heartland Brewery Empire State店
212-563-3433
350 5th Ave. at 34th St
営業時間 月~日 11:00-23:00

写真見てたらまたチキン×マッシュポテト食べたくなってきたのでちょっとスーパー行ってきます…そして長くなったのでこのへんで一度切って、後編に続きます。

次回予告: ホイットニー美術館でアート気分の巻、自由の女神に会って自由ばんざいの巻、そしてジョン・ウォーターズ大先生のありがたい講話を聴きに行くの巻、以上三本立てでお送りします。お楽しみに!