映像のキャリアを始めた当初から目標にしていたDGC カナダ監督協会のメンバーになりました。ちょうど一年かかった。今やっている番組では実質Key(代表)としてチームを引っ張ってきて、規約に沿って会員ステータスが出次第正式にKeyの称号がもらえるという話だったんだけど、これを辞退して次の目標を目指すことにした。今は照明技師になるために着々と準備を進めています。
一年間ロケーション部プロダクション・アシスタント=PAとして働きながら他の部署の仕事ぶりを見せてもらってもあまりピンと来る事がなくて、特にやりたいわけでもないけどこのままなんとなくPAの進化形態であるAD方面かロケーションコーディネーター方面に進むことになるのかなとまるで他人事のように思っていた。だけど今回初めてリーダーシップを取る立場になってあまりにもチームのレベルが低すぎてがっかりする事が多く、この分野で全くヤル気のない人たちと仕事をするのが突然嫌になってしまった。PAは業界の最底辺で誰もやりたがらない地味な雑用を引き受けるポジションなので、新人は仕事ナメてるし長くやってる子たちは完全にjaded=不貞腐れてしまっている。
わたしはどんなに惨めでつらい日だっていじけずにがんばってきた。他の子達が座って居眠りをしたり携帯をいじったりしている横でしゃんと立って、何かサポート出来ることがないかいつも探してる。毎日ワクワクしてるし毎日感動してる。それは一年前と全く変わらない。You're only one person away from your dream(たった一人との出会いで夢は掴める)と言われる業界で、いつか誰かがきっとわたしに気づいて掬い上げてくれると信じていた。まさかそれが10個年下の男の子だとは思いもしなかったけれど。
交通整理してたらみんなにカワイイと 褒められまくってご機嫌の千尋さん |
気がつけばずーーーーっとこっちを見ている彼がついに話しかけてきたと思ったら!「チイチイさ、照明に来ない?絶対向いてると思うんだ」とな。いや誰かが呼んでるの聞いてわたしの名前知ったのかもしれないけどこっちは名前知らないし、向いてると思うってわたしの事なんも知らないだろうが!つーかどう見てもハタチか下手したら18歳くらいの赤ん坊のくせに何様なんだ?と思ってまじまじ見たらけっこう綺麗な顔をしているのだった…。その後も彼は毎日恥ずかしくなるくらいずっとこっちを見ていて目が合うと顎をクイッと上げて合図したりはにかんだ笑顔をくれた。一週間後くらいにまた「それで、いつ僕らと一緒に働きはじめられそう?」と聞いてきたので「身体が小さいし力がないから無理だと思う」と言うと彼は「身体の大きさは関係ない、ちゃんと鍛えてコツを掴めば重いものは持ち上がる。うちの女の子たちを見てみなよ」と言った。「中でも僕の親友の○○ちゃんなんかチームの要だし、badassでかっこいいでしょ。」
この一年間、数日助っ人したようなのも含めると10個くらいの企画に参加したけど女性の照明技師を見たのは今回が初めてだった。しかも3人もいる、しかも身長がわたしと同じくらい小さい子ばかり、しかもしかもその彼の親友ちゃんはアジア人。照明チームの半数が女の子というのは業界長い人に聞いても前代未聞だという。2019年になってもこの業界は圧倒的な男社会で現場にいるのはヘアメイクさんや衣装さんも含めて男だらけ。中でも照明は電気技師を兼ね、高電圧の熱くて重い機材を扱う部門なので伝統的に男の仕事と考えられてきた。それに、「白すぎるハリウッド」というのは本当で業界のダイバーシティの無さに最初は戸惑った。多民族の街バンクーバーで職員の99%が白人の職場なんて普通はありえない。露骨に外人扱いされるのも初めてだった。役者とそのスタントを除けば有色人種はいつも自分だけで、奇跡的にアジア人を見かけた日にゃポジション関係なくお互い駆け寄って「同胞よ…」と熱いハグよ。
だから照明部エースのアジア人女性の存在は衝撃的だった。自分と似た属性の人が活躍している姿はダイレクトに希望になる。You can't be what you can't see(見えない何かを目指すことはできない)とはよくいったものだ。いま映画やドラマでやっと白人男性以外の物語が語られるようになってきているのは本当に大きな意味のあることだと思う。女だから、肌の色が違うから出来ない仕事なんかカナダにはない。出来るか出来ないか決めるのは自分自身。たとえ人の何倍もの努力をしなければ認めてもらえなかったとしても、やってやろうと覚悟できたのはロールモデルがいてくれたから。そして1997年生まれ(※FBで調べた)の美少年が一点の迷いもなくまっすぐ目を見て「君は照明の道に進むべきだ」と言ってくれたから。
ロケで訪れた廃病院で彼にそのことを伝えた。エキストラを150人も呼んで騒がしい一日だったのに雨上がりの裏庭にはわたしたち二人だけ。今も空気の匂いを思い出す。「わたし照明を目指すことにした。君のチームの強い女の子たちが勇気をくれたのと、あとは君が背を押してくれたからだよ」と言ったら彼は「本当に?やったーーー」と踊りだした。わたしにはこの時の会話が全部『ラ・ラ・ランド』みたいにミュージカルに見えたよ。マジックアワー、これって恋かな?
彼はどうしてわたしが照明に向いてると思ったんだろう。最初はどうせ顔が好みだからでしょと思ったけど、もしもわたしの地道な仕事っぷりを見ていてくれたならそのほうがずっとうれしい。もしくは彼はわたしのゆく道を照らすため神に派遣された天使という説もある。彼は映画学校できっちり理論を学んでから自主制作やインディーズ企画を経て最近メジャーに入ったので10個年下でも仕事では大先輩で、照明のことを一から教えてくれた。将来はDOP=撮影監督になるのが夢なんだって。
照明技師になるには他のほとんど全ての部署と同じで必ずしも映画学校を出る必要はないけれど、メジャー作品で働くためにはまずIATSE 891というユニオンの承認を得てメンバー候補生になる必要がある。一定の実績を認められた正式メンバーに仕事を振り分けるのが基本で、もしもそれでまかなえない場合に候補生にお呼びがかかる事がある。今シーズンBC州のFilm Industryは空前の忙しさでどの部署も全く人が足りておらず、とくに照明は候補生全員が駆り出されてもまだ足りない状態だという。この忙しさはきっとそう長くは続かないから転部するなら今しかない。波に乗り遅れないように大急ぎでユニオン候補生になるための条件を満たさなければならなかった。必須資格の半分はDGCの加入条件と被っているため既に持っておりなんとかなりそうだったけど、筆記試験にはずいぶん苦労した。とりあえず課題図書をオーダーしてみたもののあまりの分厚さ難しさに怖気づいてしまいAmazonに返品するかどうか本気で悩んだ。なんとこの本$70もしよる。例の彼がまた謎の説得力で「君は一発で受かるよ。信じて」と言ってくれなければ多分返品してた。なんなんだあいつは…。
大判600ページ超で「ハンドブック」を名乗っていいものか |
色の温度という概念や各種ライトの特徴などは楽しく読めたけど、極端な文系のわたしには電気配線、電力電圧電流の計算、というかそもそも電球が光る仕組みがサッパリわからなかった。全問選択式の試験はどうにかやり過ごせたとしても、この辺りをきちんと理解しておかないとブレーカーが落ちたり超高額な機材を壊したり感電したりと実際に危険なのでYouTubeで子供の理科のビデオを見て学んだ。しかし学年トップクラスの成績(※文系科目のみ)のガリ勉優等生だったのは過去の栄光で、長年の飲酒と加齢のせいか今はいくら勉強しても翌日にはすべて忘れてしまう。月曜から金曜まで一日に15時間から18時間肉体労働をしているのでたった30分間睡眠時間を削って勉強に充てるだけでも健康のリスクである。でもやるんだよ!なぜなら美少年をがっかりさせるわけにいかないからな。毎日少しずつ彼との距離が近づくのがうれしかった。二人だけの合図が増えた。照明部のみんなも協力してくれて暇を見つけては「チイチイこれは何だっけ?…違う!もっと勉強しなさい!」と練習問題を出してくれた。
仕事の合間を見計らってセットの隅で勉強 |
結局一ヶ月くらい猛勉強して試験に臨み、一発合格することができた。合格点は平常時は80点だけど今はとにかく人が足りないということで70点に下げられていた。わたしは82点でした。あぶねー。残りの資格を取り終えユニオンに申し込みのメールを送り、審査に受かれば候補生リストに上がり仕事のオファーが来る可能性がある。カナダでは基本的に時間がゆっくり流れているのでこのプロセスに相当な時間がかかるかもしれないと予測していた。2週間か、一ヶ月か。それまではPAとしてのんびり頑張ろうと思っていたら…!申し込み翌日から「今日、今から来れないか」みたいな電話がどんどんかかってくる!あわあわあわ。人が足りなすぎて選考期間をすっとばして応募者からも雇っているようだ。すでにブックされたPAの仕事を放り出すわけにもいかないのでその週のシフトはやりきり、翌週からの予定を全てキャンセルし照明のオファーに備えることにした。この業界は役者と監督とプロデューサー以外すべて日雇いベースで、スケジュールに関する契約書は無いのでたとえ企画まるごとの約束であっても明日明後日に辞めることは事実上可能である。当然チームには迷惑がかかるし、未経験からここまで育ててもらったボスの事を考えると心苦しくても、二度訪れるかはわからないチャンスを逃すわけにいかなかった。同番組の照明部にそのまま入って1997年生まれの美少年や強い女の子たちと働くのが夢だったけど、レギュラーメンバーも準レギュラーもがっちり決まってしまっているためすぐには難しいという雰囲気だった。しばらく外に出てみて経験を積み、タイミングが合えば合流できる可能性は十分にある。エピソード追加が決まって撮影は4ヶ月延長されることになった。
こうしてわたしはNancy Drew Season 1から離れることになった。ロケーション部の代表として自分の番組という意識もあったし、今までにないくらいクルーとの繋がりも強くなってきたところなので本当にさみしい。1997年生まれの美少年のせいで夢を持って、もっと彼のそばにいたい一心でがんばってきたのに結果離れ離れになってしまうなんて皮肉だね。
毎週水曜CWネットワークで放映中 観てね! |
初めて仕事させてもらったDeadly Classの時からずっと一緒のロケーション部ファミリーともしばし(次の飲み会まで)お別れ。みんなもぼちぼち転部を目指して動き出してる。お互いもっと大きくなってまた一緒に仕事しようね。
もう片方のKeyのアリーシャ。まさに戦友。 ガチ喧嘩もよくしたけど。 |
だんご3兄弟 |
これからひとりぼっち、誰も知らない新しい世界でうまくやっていけるだろうか。自分の居場所、心地よい場所を離れるのは簡単なことではないけれど、そこから一歩踏み出すことで成長できるんだ。
それにしても1997年生まれの美少年とはいったい何だったのか?最後の日、泣きそうになるのをこらえながら「不安だわあ」と言ったら「大丈夫、君ならやっていける、I'm happy for you」だって。えー、それだけ?あれだけ思わせぶりな態度をしておいてなぜデートに誘ってこないのか…連絡もほとんどよこさないし(妙なところでプライドが高いというか常に優位に立っていたいので自分からアクションを起こすのは絶対にイヤ笑)。つーか10個も年離れてて恋とかないよね。単に「あの子ポテンシャル高いのにPAじゃもったいないな」と思っただけなのかな?いやあの視線の絡ませ方、脈アリエピソードの数々(割愛)で恋愛感情無いってことはありえないけど。じゃあもしも恋愛感情あったとしたらわたしはどうしたいのか?この先何十年も照明という同じフィールドで戦っていく仲間なんだから絶対に関係をこじらせたくない。だけどだけど彼の22歳とは思えない思慮深さと、映画の趣味の良さと、全てを見透かすような目と、謎の説得力と、白い頬と、ふわっとした細い毛と…しかし付き合えるわけでもないのに、つーか別に付き合いたくはないし、いったいわたしはどうしたらいいのかどうしたいのか…以下堂々巡り。
ずいぶん前から恋愛はパターン化していて、最近も2年付き合った元彼と「またこれか」という調子で別れたところだったので、自分にもまだこういう悶々と考えこんだり小さいことで一喜一憂したりする中3レベルの恋心があることに驚かされた。わたしの行く末をあっさり変えてしまった人。まったくなんてやつだ。
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