2016/01/02

Seems Like Old Times ゆっちがやって来た 前編

いまの職場はオフィス街にあるため、オフィス勤務のお客さんたちが休みのクリスマス期間はがっつりお休みになった。15歳からずっとサービス業なので年末年始に休みもらえたのなんてもしかして初めてかも?クリスマスとイブは彼の家族とおいしいものをたくさん食べて、26日には高校時代からの親友ゆっちがはるばる日本から遊びに来てくれた。会うのは2年強ぶり。

恋人のセバスチャンと一緒に空港に迎えに行って感動の再会、の予定だったのに案の定二日酔いでグダグダにー笑。ごめんよゆっち…。挨拶もそこそこにゾンビのようにちひろ家へ向かう。2つあるうちの1つのトランクは全部わたしへのおみやげと、わたしがネットで買ってゆっちの実家に送りつけたグッズで埋まっていた。酒と酒のつまみ、服に化粧品に本。重かったろうに、ありがとーーーーう!ゆっちのつまみチョイスが絶妙すぎて泣いた。さすが酒飲みはわかってるな。


雨季まっただなかなのに彼女の滞在中雨が降ったのは初日だけだった。晴れ女。その初日はグランビルアイランドに行った。晴れた日はこれぞバンクーバーという眺めを期待できるが、また同時にこれでもかという雨こそがバンクーバーの名物でもある。フード付きの防水ジャケットに長靴と、ルルレモンのヨガパンツが公式ユニフォーム化している。傘はもちろんささない。

グランビルアイランドは観光地なので、レストランは軒並みover pricedだ。高くても旨いならいいんだけど…ネ。お昼はマーケット内のフードコートで軽く済ませた。フードコートのフィッシュ&チップス屋のカラマリは市内のほとんどのバーよりも美味しい。イカがブリンと大きく、衣さくさく。もちろん事前に入手しておいたGranville Island Brewery のビールを紙袋にしまったまま隠し飲み。食後はThe Liberty Distilleryでマティーニ。わたしとセビの定番デートコースでご案内。夏は毎週こんなかんじ。実は日本人の人がやっている日本酒の醸造所Artisan Sakemakerもあるんだけど、まだ試したことがない。パブリックマーケットの商品はバカ高くて、日本のデパ地下的にちょっとした会合へのお土産を買うときにしか使わないけれど、珍しい食材も見つかるし雰囲気がいいので冷やかすぶんには楽しい。



やることがなくなったのでここから#50バスに乗ってダウンタウンへ流れた。少し買い物。夜霧に溶けるガスタウンは美しい。湿った石畳が灯りを反射して色っぽい。ほらね、雨はそう悪くない。



ディナーは前から気になっていたオイスターバー、Rodney'sを予約してみた。遅い時間ならテーブル確保できるとのこと。本当はYaletownのBluewater Cafeに目をつけていたけど当日では空きがなかった。まあホリデーシーズンだしね。英語で電話するのはいまだに苦手意識があって(日本語でも苦手)、彼にやってもらうことが多いのだが自分でもやればできるということを確認。



東京時代はもっとも頻繁に飲みに行く友人のひとりだったゆっちと、久しぶりの乾杯。相変わらず特に酔っ払わない二人。相変わらず着地しない会話。似てないからずっと一緒にいられるんだろうか。噂どおりここの牡蠣はおいしいな!仕入れ先は多分さっきまでいたグランビルアイランド笑。たまに買って来て開けて食べるんだけど、プロが開けると味が違う。一緒に頼んだクラブケイクも大きくて蟹ぎっしりでおいしかったです。付け合せのサラダもボリュームたっぷりなんで別に頼まないで正解だったね。外人は何にでも激辛ホットソースをかける。素材がかわいそう。

明日は朝早いので、家が遠いセビは寝る前に合流してちひろ家に前泊。まだまだ真っ暗な午前6時半にタクシーが迎えに来て、MainにあるGreyhoundバスの乗り場へ。チケットはネットで予約してあらかじめ印刷しておいたのだ。1人往復50ドルくらいでした。


ダウンタウンを抜けて、1時間ほどで徐々に空が白みはじめ、みるみるうちに雪景色になった!約2時間のドライブでウィスラーに到着です。バスにはトイレがついてて安心。


ウィスラービレッジ、なんて素敵な町並みなのだー!お天気は快晴、綿菓子みたいな雪が木々を飾ってまるでおとぎ話のよう。バンクーバーの都心部はめったに雪が降らない。4年間も住んでいるのに、仕事と勉強が忙しくてカナダらしい風景を見たのはこれが初めてだった。Icicleアイスィコゥ=つらら、という単語も初めて知った。


この日のために揃えたスキーウェアと、ヒートテック重ね着で寒さはほとんど感じない。カナダにはいまだにユニクロがないので日本のネットショッピングでいろいろ買ってゆっちに持ってきてもらった。時間はたっぷりある。ランチの前にちょっとお散歩。






トレイルに入るとこわいくらいに静かだ。今年のウィスラーは雪に恵まれ、スキー場は例年より早くオープンした。フワッフワのパウダースノウはセビくん含むスノーボーダーを熱狂させる。たしかゆっちもスノボできるはずだが、わたしがスポーツ苦手なのと、脚を折るのがいやなので今回はパス。ごめんよ二人。



レストランをチェックしつつゴンドラ乗り場のほうまで移動。あたらしい雪をいち早く踏みたい人々ですごい行列、を尻目に開店したばかりのパブで昼食。




どこへ行っても同じの飽き飽きしたパブメニューなので一瞬ためらったけど、この眺めで食べたらなんでもウマイです。寒いから一瞬で冷めちゃうよ!ビールは冷たいまま。どんどん人が入ってきて食べ終わる頃には満席になってました。みんなこれからスポーツするのに飲む気マンマンで笑った。大丈夫かいな。大きいテーブルだったので相席の人がきて、ちょっとお話して楽しかったな。セビくんは本当にもれなく誰にでも話しかける。バンクーバーにはそういう人が多い。わたしも日本にいる時から知らない人に平気で話しかけるタイプだけど、あくまで機嫌しだいで、いつでも誰かと話したい気分なわけではない。

お手洗いを済ませてゴンドラに乗る。リフト券に最初並んでたのだが、BlackcombにあるTube Parkへ向かう人はここは無料らしい。Tubingのチケットも上で買うんだよと係員が教えてくれたのでそのまま乗車。



ゆっちが買ってきてくれた鬼ころしを飲みながらこれを書いています。後編は近いうちにまたアップするよ。

2015/11/25

Dear Rookies この世界で一番大切なのはきみ自身

母親が出版社の集まる神保町でバイトしていたので、よくゴミ捨て場でVogue NipponELLE Japonを拾ってきた。ときどきは空白のページやゲラが混ざっていたりもした。もともとオマセだったわたしは10代前半かその前からずっとこうしたハイファッション誌の愛読者だった。世界の街角のファッションスナップはお気に入りのコーナーで、ショーの合間のスーパーモデルやファッションエディターに混じってタヴィちゃんという少女を発見するたびに、こんな華やかな世界に身を置くおチビちゃんがいるなんて世界は広いや、とため息をついたものだ。当時の彼女の肩書きは<ブロガー>。彼女がStyle Rookieというブログを立ち上げたのは弱冠11歳の時(2008年)。わたしの実家にパソコンが来たのは18歳(2006年)くらいの時で、当時はmixi以外のウェブサイトにアクセスすることがほぼなかったので、彼女がどんなブログを書いているのか知らなかった。

わたしが知ってる謎のオシャレ子供タヴィちゃん

そのタヴィちゃんが大きくなって(でもまだ19歳)、いまアメリカで最も影響力のある文化人の一人になっていたなんてお恥ずかしながら『ヤング・アダルトUSA』を読むまで知らなかった。

こんなに大人になった!女優としてもめきめき実力をつけているらしい

ちょうどRookie Yearbook 4が発売されたところだったのですぐに注文。Rookie Yearbookとは、彼女が主宰するウェブサイトRookieに載った記事の傑作選に書き下ろし記事を加え毎年秋に書籍で出しているものだ。フルカラーのワイド版で手にとってみるとずっしり重く、まさに「おもちゃ箱をひっくり返したような」色彩の洪水のなかに膨大なテキストが詰まっている。ティーンによるティーンのための同ウェブサイトが扱うトピックは「Action」「Work」「Dedication」といった月ごとの大テーマに沿い、ティーンらしくカワイイものへの礼賛は基本としながら、DIYや痴漢撃退法や宿題のヒントといった実用的なもの、さらにジェンダー、差別、暴力といった社会問題など幅広い。実体験を交えた考察は手探りながらも力強く、まさに「個人的なことは政治的なこと」だ。それがあくまで楽しく、アートワークや記事に合わせて聴きたいプレイリストとリンクしている。ティーン特派員の取材による各界および各世代を代表する豪華ゲストの特別講義もある。編集委員長のタヴィちゃんを筆頭にほとんどのクリエイター陣が若い女の子なのでどうしてもフェミニズム色を帯びるが、もちろん男性もウェルカムだ。たとえばAsk a grown manのコーナー。16歳と13歳の娘を持つジャド・アパトウがティーンのお悩みに回答。




「自分を変えることなんてできない。変わったつもりでも、それは無理をしている自分でしかないんだ。君は君のままでパーフェクト、変わらなくたっていい。変えるんじゃなくて、上げるんだ」

彼が参照している70年代のこども番組のテーマソングはこれ。



The most important person in the whole wide world is you and you hardly even know you
(この広い世界で一番大切なのは君自身、君はそんな大切な自分のことをよく知らないみたい)
The most important person in the whole wide world is you come on we’ll show you
(この広い世界で一番大切なのは君自身、おいで、見せてあげるよ)
It’s all about the things you feel and do, because you’re the most important person in the world to you
(全ては君がどう感じ何をするかなんだ、だってこの広い世界で一番大切なのは君なんだから)

「ぼくはみんなと違う、だから孤独だ」「みんなができる事ができないんだ」と泣きわめく毛むくじゃらの異星人に、車椅子やデブや黒人の子供が「逆にみんなはあなたができることができないかもしれない」「自分がみんなのできることしかできなかったらそれはそれでいやじゃない?」「この世界をこんな風に見ることができるのはただ一人わたしだけ(ドヤァ」と語りかけるこの本編もいいなあ。アメリカやカナダの子どもたちは小さい頃からこういう教育を受ける。自信とプライドを持つのはもっとも重要なことだ。セルフ・リスペクトはナルシシズムとは全然違う。

わたしがVogueやELLEについて好きだったことは、豊富なカルチャー記事だった。数百万円のドレスや指輪はもしかしたら一生手に入らなかったとしても、宗教や絵画や本や映画、古いレコード、ほんとうの贅沢とは何かについて考える時間は四畳半アパートの台所にしゃがんだ中学生にも等しく与えられる。一流セレブや旬のモデルのインタビューも刺激的だった。彼女たちは美しいだけではなくて賢く、そして強い。そうでなければ生き残れない世界だ。今もマドンナの言葉を覚えている。「わたしはわたし自身に敬意を払っているから、身体や精神に悪いことはしない」。シンプルで毅然とした美学。でもこんな言葉は日本のティーンには届かない。若い女の子向けの雑誌が喧伝するもっとも価値のあることとはモテること、かわいくなること、痩せることである。小さな顔に二重のお目目、流行りの髪にカモシカ脚…。それを手に入れるためなら犠牲もいとわない。大好きな人に好かれたいのは当たり前。だけど好きでもない漠然としたヒトに好かれるため、社会の承認を得るために自分を変えようとして幸せになれた?自分の好きな服は?髪やメイクは?小説は?音楽は?場所は?自分はどうなの?10代はあまりに短く、世界から愛されることに腐心していたらロクな大人になれたもんじゃない。You're what you love. 自分を自分たらしめているのは、自分が何を愛しているかだ。自分の好きなものを愛そう。自分を愛そう。自分の人生は自分のもので、誰のものでもない。誰にも渡しちゃいけない。繰り返しそう説くRookieに出会えた現代のティーンたちはほんとうに恵まれているな。Webマガジンだから無料で、インターネットの接続さえあればどこの誰でも今すぐアクセスできる。Rookieはウェブサイトであり、コミュニティであり、社会現象である。そんな一大プロジェクトを10代の女の子たちが作ってしまうなんてすごいや。女の子は世界を変える!ガールズパワー万歳!…と言ったら恋人は「まるで男の子にはできないみたいな言い方だね」と不満気だったけれど。

RookieYearbookの第一号がこの度ついに日本語に翻訳されたらしい。尊敬する乙女ライターの山崎まどかさん@romanticaugogoの呼びかけで、若い世代のインターンが翻訳に関わったそうだ。これをきっかけに日本にもRookie的な運動が起きて、未来を変えてしまえばいい。

2015/09/12

BCPNPで永住権を取るの巻④Flag Pole失敗とリベンジ

この記事は2015年に書いた個人的な体験談です。その後永住権のルールは大幅に変わりました。最新の情報を移民局の公式ホームページで確認してください。https://www.canada.ca/en/immigration-refugees-citizenship.html

前回までのお話はこちら→
BCPNPで永住権を取るの巻①ノミネートまで
BCPNPで永住権を取るの巻②Flag Pole
BCPNPで永住権を取る③ノミネート後にレイオフされた



…というわけでまたFlag Pole。通算3回目。病的な方向オンチのわたしを案じてまたまたセビくんが付き添いで来てくれましたー。


相変わらずアメリカ側のオフィサーはめちゃフレンドリーで、what's up YOみたいなノリでした。ちょっと待ってろと言われてなに待ちかと思ったら彼のオヤツ待ち…。黄色い付箋のブロック食べてるのかと思ったらリンゴだった(ド近眼)。前回と同じようにここでパスポートを見せて「Flag Poleするだけでアメリカに旅するわけではないよ」と書いた紙をもらいます。

さて、こっからが本番、カナダ側のオフィスへ。どいつもこいつもなんでこんな態度悪いの?!なぜか怒ってるんですけど、、、

結果から言うと、この日ワークパーミットはもらえませんでした。BCPNPのノミネーションの有効期限が半年間で、期限内にCICに永住権申請の書類を送るという約束はもちろん知っていたので、6月の終わりに書類送付を済ませていたのですが、書類送付を済ませたという証拠がなければノミネーション期限以降のワークは出さないと言われた。わたしの場合期限が9月15日で来週なので、手数料フルで払って一週間分のビザを取るのは賢明でないとのこと。この「証拠」はAORといって「書類受け取りました。これから審査に入ります」というCICから来る最初のメールのことで、このメールを受け取るには最低でも2ヶ月を要すっというのは常識なのだが、「こんな大事な書類の返事が2ヶ月も来ないのになんでCICに電話しないの?!家帰って電話しなよ」とマジでムカつく態度で言われる。「AORがないならダメ。ハイ、次の人!」と、他の書類には目も通さず門前払いされてもうた。エーン。

セビくんに丸一日付き合ってもらったし、一夏かかった就職活動が実ったということで帰りになにか美味しいものでも食べようと思ってたのに…くやしくて涙がこぼれた。スゴスゴ退散。

次の日さっそくCICコールセンター(これまた態度が悪い)に電話すると、「AORが来るのに2ヶ月以上かかるのは至って普通です。ビザ更新には必要ないはずですがボーダーオフィサーがそう言うんだったらまあそうなんじゃない?オンラインで申請すれば問題ないでしょう」との回答。なぜわざわざ遠い国境まで行くかというと、国境申請だとその場でビザが発行されるのに対し、オンライン申請だとなんと117日待ちとかなのです。その間に手持ちのビザが切れてもimplied statusといって引き続き古いビザと同じ条件で国内に滞在することができます。たとえばもともとワーク持っててオンラインでワーク申請した場合は結果が出るまで期限切れのビザで働き続けてもいいということ。しかしわたしの場合いま持ってるのがクローズドワークパーミットで前の職場限定のビザなので、implied statusになったところで滞在はできても働けないわけです。せっかく新しいところに雇ってもらったのに実際働けるのは3ヶ月半先とかさすがに気まずすぎる…。なんとかボーダーで更新したいところ。

ていうかPNP nominee (=LMIA exemption)のクローズドワークパーミット申請にAORが必要なんてどこに書いてあったよ?よく考えたらDocument Check List に書いてないのに持ってるわけないじゃんね。チェックリストには
If your nomination has expired, provide a copy of the acknowledgement letter confirming CIC received your permanent resident application before the nomination expired. 
って書いてある。それってつまりPNPの期限内ならa copy of the acknowledgement letter confirming CIC received your permanent resident applicationはいらないってことでは?


CIC公式webサイトにもこう書いてある。

International Mobility Program: Federal–provincial or territorial agreements [R204(c)] (LMIA exemption code T13)

>Foreign workers nominated by a province or territory
The duration of the work permit should be equivalent to the duration of the offer of employment. Where the offer of employment is for a “permanent duration”, the work permit will be issued for a maximum of two years.
 NOTE: It is not necessary for the foreign national’s application for permanent residence to have been received by CIC for the work permit to be issued, unless the nomination is expired. In that case, a copy of the acknowledgement letter confirming that CIC received a Provincial Nominee Program (PNP) permanent residence application should be provided with the work permit application. 

やっぱ必要ないやんけ! あのババア!これプリントアウトして持ってってリベンジしてやる!

とはいえ次回のFlag PoleまでにAORが出ればモメなくて済んで一番いいよなーと思いながら世界中の同志たちが共有するタイムラインを毎日チェックしていた。それによると本当に今日明日にでもメール来そうなかんじ。

と思っていたら!!!ノオオオオオオオ!なんと書類そっくり送り返されてきちゃったよ!申請料550ドルを、同封したクレジットカード情報をもとに請求したがdeclineだったとのこと。なんという凡ミス。あーあこれじゃAOR来るわけないっていうか、今度こそ本当にノミネーション切れちゃうから郵便の時間も考えると2日以内に送り返さなきゃってこと?!とパニくってわけもわからぬままダウンタウンのPNPオフィスに駆け込む。そうだ、有効期限が切れそうなら有効期限を延ばせば良いじゃないの。わたしは天才か。前からメールで事情を相談していた担当アドバイザーのパトリシオさんと直接お会いすることができた。そしたらあっさりノミネーション期限を半年間延長してくれた!「ボーダーオフィスのポリシーはよくわからんが、前回の理屈で言えばこれで最低でも半年はビザくれるはず。もしくは返送された書類を見せればそれが(失敗したとはいえ)CIC申請したっていう証拠になって一年以上出るかも?」とのこと。ダメもとで頼んでみてよかった。PNPオフィスはほんとに親切。

ビザ切れ目前の9月11日、今度こそワークパーミット持って帰るぞい!と気合いをいれてまたまた国境へ。またまたセビくんと。よく付き合ってくれるよね、ほんと。天使か!

この日はめずらしくオフィスが混んでました、というか急病人が出たらしくオフィサーがほぼ全員外に出てその老人の世話をしていた。多分天気がいいので働きたくないのだろう。あの意地悪ババアも外にいる…!ビザ業務もただ国境超えて旅する人たちも全部一人がさばいているのでかなり待たされた。待っている間に同じくFlag Poleするというオーストラリア人のカップルやフランス人のレズビアンとすっかり話し込み、特にフランス人ちゃんとセビくんはフランス語で意気投合しフェイスブック友達になっていた。いいなあフランス語話せて。彼は別に勉強したわけじゃなくて子供のころから自然にバイリンガルなのだ。カナダにはこういう人がけっこう多い。

ババアはまだ外で油売っているので、とっても感じのいいメガネお兄ちゃんが担当になった。ホッ。チェックリストには書いてなかったけど念のために持って行ったLetter of Employment(契約書みたいなもの)も求められた。何か文句を言われたら印籠のように差し出したろっと思っていた例のCICウェブサイトのプリントを、勢い余って必要書類と一緒に渡してしまったらしい。でもこれが功をなしてか、「CICの書類出したんだよね?」と軽く聞かれただけで、で、で、でたーーーーー!やっとビザが出ました。ちゃんと15ヶ月!これだけあれば永住権獲得までカバーできるはず。つぎに国境に来るときはPRカードもらえるときですかね。わくわく。あ、返送されたアプリケーションまた送らなきゃ…。

ながい、ながい戦いが終わりました。今度こそもうダメかと思ったけど今度もまたなんとか切り抜けたぜ。



約80日ぶりに仕事に戻ります!チャンスを与えてくれた会社に感謝。ずっと支えてくれたセビくんに感謝。来年の夏もまたカナダにいられるぞ。

2015/09/09

Something about summer

なにげに初めてPNEに行ってきた。バンクーバー唯一の遊園地で、夏期限定オープン。最終日に滑り込み。


The Fair at PNE (毎年8月下旬から9月始めまでオープン)
2901 E Hastings Street
Vancouver, BC




まさに『アドベンチャーランドへようこそ』の世界だ!





ニコ彼女のナディーン(あんなに嫌いだったのに最近けっこう仲良い)、
ニコ、クレマン
ちひろ、シャルル
恋人のセビくんはバイトのため欠席

映画では射的や輪投げは細工がしてあって絶対に景品が取れないという設定だったが、ここはけっこう誰でも取れるらしく巨大なぬいぐるみを背負って歩いてる人も多かった。一番豪華な賞品はiPadで、これもけっこうゲットしてる人を見かけた。


この、不安定なはしごを昇るチャレンジに男子たちがものすごくムキになっていた。ほとんどのゲームは一回5ドルで、まあ普通に高い上に勝ったところでもらえるのはヌイグルミだし、あんま射的とか得意じゃないわたしは全く興味が湧かなかったけど、お祭りっていうのはそういう問題じゃねえと言ってあっという間に一人100ドルくらい使っちゃったうちのルームメイトたちはきっと正しい。

数え切れないほどの食べ物の屋台も出ている。ポップコーンにコーンドッグ、綿菓子にアイスクリーム、レモネード。どの店もレトロな装飾がかわいい。




↑これはチーズケーキやショートケーキを揚げたもの屋。さすがにカナダ人も引いていた。

BBQ Rib選手権的な、有名店のリブ食べ比べができる企画があったのでわれらはそこのリブを食べた。お酒が飲めるスペースも二カ所あった。当然ビールいっとくでしょ。

アトラクションはけっこう本格的なのだがとにかく高い。14歳以上の入園料$16(オンライン割引$13)に加えて、乗り物チケットが一枚$1.50。ジェットコースター類は7枚消費。乗り物乗り放題が$42.75(オンライン割引$39.75)。けっこうお金かかるねー。まあ観光地っすからね。みんな飲酒していたので回転系は気分が悪くなり、ジェットコースター(英語ではRoller Coastersだよ)系に専念。


今日で最後の遊園地。若い子が目だつバイトちゃんたちも、この日がお仕事最終日。翌日9月8日は新学期の始まりで、ああ本当に夏が終わるんだなあという雰囲気が、レトロな風景とあいまってどこかせつない。

暗くなってから、わたしのことを好きだと言うルームメイトと二人で高いところでクルクル回るのに乗った。思いのほかこわくて目をつぶった。この夏の半分は彼でできている。


肌寒くなったのでみんなでおうちに帰ってBBQ。BBQも今年はもう最後かなあ。

暑くなってから二ヶ月以上も仕事ができなかったのでまるまる遊んで暮らした。ビザのことで悩みすぎていつも上の空だったけど、宝物の瞬間もたくさんあったように思う。日本でもカナダでも、夏は人を狂わせる。神がかったモーメント。あれはなんだったんだろう。真夏の雨のように、18、9が蒸発して、もう戻らない。

バンクーバーでは近年でも珍しいほどの乾いた夏で、厳しい節水義務が出た。噴水は止まり、芝生は枯れた。

今年のテーマソングはこれ。


Charli XCX - Boom Clap
(あっ、リリースは去年だ、、、)




























夏が終わってもカナダにいられますように。来年の夏もまたカナダにいられますように。

2015/09/05

BCPNPで永住権を取る③ノミネート後にレイオフされた

この記事は2015年に書いた個人的な体験談です。その後永住権のルールは大幅に変わりました。最新の情報を移民局の公式ホームページで確認してください。https://www.canada.ca/en/immigration-refugees-citizenship.html


前回までのお話はこちら→

BCPNPで永住権を取るの巻①ノミネートまで
BCPNPで永住権を取るの巻②Flag Pole



2015年4月、半年間という異例の早さで州審査をパスし、ほぼ確実とされていた永住権が仕事のレイオフっつーか事実上の解雇によりキャンセルの危機。ガッデメッ!!!わたしが応募したBCPNP Entry level and semi skilled worker programはスポンサー企業に依存したプログラムなので、所属している会社を離れると原則無効となるのです。応募時点で既に9ヶ月以上連続フルタイム勤務していることが条件で、申請中はもちろんのこと最終的にPRカードが出るまでは絶対に仕事を辞められないという約束。なのに、ああそれなのに6月にバイト先の店舗が売却されて店長含む全メンバーがあっさりクビになりました。フランチャイズの一店舗が別オーナーに切り替わっただけで会社自体はまだあるので、単純に別店舗に転勤させてよっと言ったのに、確実にめんどくさがってるだけの新しいディストリクトマネージャーが「もう人たくさんいるからいらない」って、こんなん許されていいの?!特にわたしはPNPに提出した無期限の雇用契約書があるんでクビにできないはずなんですけど、、、ビザの都合上転職はできないので誰か辞めて空きが出るまでバケーション扱いにしてくださいと言っても取り合ってもらえず、一方的に退職金出されておしまい。2年間真面目に働いたのにこんな理不尽があるかい。訴訟とかしたら勝てそう。でももうそんな気力もない…こんなときに移民カウンセラーがいたらなあ…トホホ。手続きは90パーセント終了してあとはだらだらバイトして待てばついに永住権取得、という最終段階での出来事。9ヶ月フルタイムのスケジュールを確保するために週6で働いたことも、去年の夏缶詰で勉強したことも、気が遠くなるような量の書類作成も、申請料も待ち時間も全部水の泡に?!しかも制度変わってもう飲食店じゃ新規ビザとれないよ?!っと超パニクったけど、とりあえずPNPオフィスに事の顛末を正直に報告。PNPのスタッフさんはめっちゃ優しいです。最近Robson x Seymoreに移転したオフィスを直接訪ねても相談にのってくれるし、電話でもいいし、メールもすぐ答えてくれる。

大昔の写真。同じ店なのに急にメンバー総入れ替えで
常連さんたちビックリしただろうな…

PNPからの指示は「2ヶ月以内に、ほぼ同じ職種でかつオリジナルの条件を満たす新しい雇用主を見つければ問題なし。再度書類審査が必要だがLMIA(LMO)は免除、審査通れば新しいワークパーミットのサポートレター出します」とのこと。即ノミネートキャンセルにはならないということで一安心。まあわたしが悪いんじゃないし、これくらいは配慮してくれてもいいよね。解雇(離職)の際に雇用主から発行されるRecord of Employmentという、契約解除の理由や雇用期間、お給料の状況などを書いた紙を提出するようにも言われました。

さて、職探し。一番簡単なのはバイトしていた店で新しいオーナーのもとで働くことだけど、新しいオーナーは移民で、身内しか雇わないと言う。もう最悪最悪最悪。ていうか実は前の店長も外国人で自分の国の人しか雇わなくて、思いっきり差別されて本当に悔しかったんだよなあ。同僚のカナダ人はみんな辞めて(辞めさせられて)、専属契約があるわたしだけが残った。シフトを減らされたり、給料が上がらなかったり、全部の仕事を押し付けられたり、外国語でからかわれたり。カナダ人に差別されたことなんか今まで一度もなかったのに、どうやら本当にエグい差別をするのはマイノリティのほうみたいです。「同胞」意識がすごく強くて排他的なのだ。カナダの移民法が最近急に厳しくなったのはこのせい。アルバータ州かなんかのマクドナルドのオーナーが外国人のビザをスポンサーしまくって、彼らのシフトを確保するためにカナダ人を追い出した事件がきっかけだった。逆にカナダ人が「うちはカナダ人しか雇いません」とか言ったらたぶん猛烈に叩かれると思うんだけど、外国人は平気でこういう差別をやっちゃう。たとえば寿司屋で日本人の寿司職人を優先的に雇用するのとかはまあアリかなと思うんですが、そうじゃなくてただのファストフードだからね。移民が一人いて、そのうち昇進して、同じ国の家族や友達だけ雇うからあっという間に企業を丸ごと乗っ取っちゃうケースも。日本もどんどん移民招こうとか言ってる人もいるらしいけど、これが現実ですわ。


何もかも納得いかないけど前の仕事にしがみついてたら前に進めないから、新しい仕事を探すことに。2年前は履歴書も見せず面接もなしで完全にコネでワーク出してもらったので、真っ当なシューカツほんと久しぶりです。履歴書刷ってドサ回り。もともとファストフード枠でPNP申請してしまったので似たような給料の似たようなポジション縛り。一番最初にワーホリで来たときよりは幾分か英語も上達したし、カナダでの職歴もあったのでけっこうスムーズでした。が、しかし、永住権申請の話を出すと途端にめんどくさがられ、書類は一切出さないだとか、明日からでも働き始められないなら無理だとか、そもそも会社がPNPの条件に合わないなど言われ大苦戦。2ヶ月の期限ギリッギリで拾ってもらえたのは結局またコネのおかげでした。ホッ。元ルームメイトやらその仲間たちが働いてるところを紹介してもらった。昔シェアハウスによく遊びにきてたドイツ人のトムくんはいつのまにか出世しまくって本社勤務になっていた。やっぱりこんな面倒な書類作成はコネでもないとやってもらえないか…。前にもどこかに書いたけど、こちらは日本以上にコネ社会です。コネって言うとなんかズルいみたいだから人望と呼ぼうか。わたしゃ3年前エージェントもホストファミリーもなしで完全単身でカナダに来て、ゼロから自分で人脈を築いてきたっぺよ!しかも英語全然喋れなかったのに英語しか喋ってこなかったっぺよ。しばらく住んでればまあ知り合いは増えるものなので、とにかく「困ってます!」と積極的に発信していくとけっこう助けてもらえるものなのです。意外とみんなおせっかい。

8月の始めに店長と顔合わせがあって即採用されたはいいが、トロント本社にいるトムくんから書類もらえるまでになんと一ヶ月もかかった。たいした内容じゃないのに…。電話やメールで何回催促しても全然レスポンスがないからなんかもうこの話流れちゃったのかな?みたいな雰囲気もあって、一応保険で別の面接にも行って、やっぱり断られて、不安で不安で頭おかしくなりそうだった。何度もお店を訪れてやっと直属の上司と会うことができ、8月31日22時頃全部書類が揃って速攻PNPにメール。翌朝メールを開いたらなんともう返事が来てました。早ッ!!「新しい会社もPNPの基準を満たしているようなのでサポートレターを添付します。これを持って国境へGO」だって。わいわいわーい!なのでFlag Pole二回目。ついに働き始められるぞー!

と、信じてたあの頃は幸せでした。

(…次回へ続く)