2013/12/21

NY旅行記 前編

去る12月11日から15日まで、三泊四日でニューヨークに旅行してきました。長文注意。

Day1

オープニング番(午前6時出勤)で仕事してから夜便でNYへ。虚弱体質のわたしにとってはこれだけで殺人的スケジュールである。フライトは約4時間。バンクーバーとNYに3時間の時差があるとは知らなかった。全然寝てないじゃないかー!JFK空港からダウンタウンへはバスで1時間弱。噂には聞いていた渋滞に辟易。電車にすればよかったなあと少し後悔するも、後で電車に乗ったらやっぱりバスでよかったと考え直す。

ホテルに荷物を預けて、まずは景気づけに牡蠣とシャンパン。


212-490-6650
89 E 42nd St, New York
営業時間 月~土 11:30-21:30
日曜定休



The world is my oysterという慣用句がある(実際レナ・ダナムがラジオで言っていた)。直訳すると「世界はわたしの牡蠣」。シェイクスピアの引用で、自分の手で牡蠣をこじあけて真珠を手に入れてみせる、世界は俺の思いのままだ、という意味。なので牡蠣は縁起のいい食べ物だ。欲張ってプリプリの生牡蠣盛り合わせを平らげる。続いてカキフライとビール。涙が出るほどうれしくて美味しかった。NY着いて数時間ですでに幸せの絶頂。しつこいようだけど今年は本当に苦労が多かったので、幸せがジンジン心に沁みる。奪い返した自由。世界は思いのままだ。

1913年オープンのこの歴史あるオイスターバーはGround Centralという駅の構内にある。ランチに遅しディナーに早しの微妙な時間だったのに激混み。混んでいるというとちょっと違うな、活気がある、だ。広ーい店内に大勢のスタッフがテキパキ働いていてちゃんと待たずに座れた。カキやチャウダーをつまみにサクっと一杯ひっかけているおひとりさまが結構多い。通勤途中にこんな使い勝手のいいお店があったら毎日誘惑に勝てないだろうな。レトロな内装や雰囲気も最高。映画の中にいるみたい。



4日間の滞在で素敵なものをたくさん目にしたけど、実はこのGround Central駅が一番気に入った。ただの駅なんだけど何か新しいこと、面白いことが起きそうな高揚感が充満している。『エターナル・サンシャイン』『ステイ・フレンズ』『キミに逢えたら!』など好きな映画に繰り返し出てきた場所。高い高い天井のアーチをはじめとした建築様式や、たくさんの人がひっきりなしに行き交う様子は圧巻で、いつまで眺めていても飽きない。急にフラッシュモブ(ネットなどで知り合った有志が公共の空間でゲリラ的に行うダンスパフォーマンス)が始まったら…と想像してワクワク。

テンションアゲアゲのまま(ここまで書いて気づいたんだけどわたしの日本語ボキャブラリはアップデートが必要だ)、エンパイアステートビルディングに昇ってみた。高いところ大好き。


言うまでもなくNYを唄った歌はそれこそ数え切れないほどあるのだが、わたしにとってはやっぱりアリシア・キーズとJay Zのアレなのよね。すまんねミーハーで。昔はニューヨーク♪の部分しかわからなかったけど、今なら歌詞が聞き取れる。
New York, concrete jungle where dreams are made of / There's nothing you can't do / Now you're in New York / These streets will make you feel brand new, the lights will inspire you / Let's hear it for New York...(ニューヨーク、夢でできたコンクリートジャングル/不可能なんてひとつもない/ニューヨークのストリートは新しい気持ちをくれる/街の明かりがあなたをインスパイアする/ニューヨークに喝采を送ろう) 
この曲を聴きながら想像していたNYという街に、ついにやって来た。当たり前だけどエンパイアステートビルディングにいるのでエンパイアステートビルディングは見えない。クライスラービルは見えた。NYといえば、『パラサイト・イヴ』っていうプレステのゲームも思い出す。1998年だって。ひえー15年前。

展望台は外にも出れるようになっているのだが風がビュービュー吹いて生命の危機を感じるほど寒い。この日の気温は氷点下6度だか8度程度で大したことないのだが(一応カナダ在住なのでこのくらいでは動じない)、体感温度は氷点下15度くらいに感じる。とにかくバンクーバーよりはずっと寒くて凍えそうだ。ニューヨーク=オシャレと思ってちょっと気取ったドレスばかりスーツケースに詰めてきたが、案の定外人はオシャレ無視で防寒に走っていた。明日は手持ちのものを全部重ね着することにしよう。

半端な時間に食事したのでお腹がすかず、夕飯は適当なパブでビールを飲んだだけ。まだまだおぼつかないレベルとはいえ、こういう何気ない瞬間に英語話せてよかったなーと思う。勝手にNYの人は冷たいかもと想像してたんだけど、全然そんなことなくてバンクーバーと同じくらいフレンドリー。ナンパや怪しいセールスというわけではなくて(もちろんそういう場合もあるけど)、たまたま居合わせた知らない人同士が会話するのが当たり前という感覚は日本ではちょっと味わえない。バーで、クラブで、電車で、コンビニで、エレベーターで、異なるバックグラウンドを持った人たちが共通の言語を介して出会っては離れていく。短いハローとグッバイ。無数に煌く電灯ひとつひとつに、無数の物語が宿っている。


Day2

とにかく寒いので外を出歩くだけで消耗してしまう。あまり張り切らずに昼ごろホテルを出発。地下鉄に乗ってチャイナタウンへ。


NYの地下鉄、殺風景すぎィ!狭くて暗くて汚くてネズミの巣みたい(じっさいネズミの巣も兼ねているだろう笑)。よーく思い出してみると東京もたいして変わらない気もするのだが、オリンピックのときに見栄えよく、と建設されたバンクーバーの超クリーンな地下鉄に慣れすぎたせいか最初かなり怖気づく。昔と違って今は治安は心配ないそうなのだが、それでもoff hours waiting areaとかあった。ラッシュ時間外で人が少ない時間帯はこのエリアでみんなまとまって電車待ちなさいよ、人気の少ないところで何か危険があっても知らんからねというスペースである。女子ひとりでガラガラの終電に乗るのなんか余裕すぎるバンクーバーと比べると衝撃的。東京よりよっぽど安全な街に住んで二年弱、わたし平和ボケしすぎてるな。あとNYにはバリアフリーのバの字もなかった。スペースに限りがあるから仕方がないとはいえ、エレベーターどころかエスカレーターもないし改札狭いし、段差だらけで車椅子やベビーカーの人はどうするんだろう。バンクーバーは多分法律で決まっていて、何もかもバリアフリー。

チャイナタウンには小さい土産物屋、レストランやグロサリー、魚屋がずらっと軒を連ねている。東京に行った時に街中で新鮮な魚を買えることに驚いたけど、NYもとはね。バンクーバーのスーパーにはロクな魚がなくて、魚屋も滅多になくて、市場まで行かないと買えないのできっと外人は魚に関心がないんだと思っていた。海が近いのにどうしたことだろう。

このあたりから写真を撮るのがおっくうになっている。ブロガー失格。お昼は中華粥を食べた。シーフードどっさりで美味。温まるー。酒を置いてなかったのが気になったけど、ここでビールを飲んだらまた身体が冷えてしまっていただろうから飲めなくてよかったのかも。そんなら紹興酒飲みたかったな…アルコール依存症は自覚している。まあ、若さの一部だろう。


限られた時間の中で、グラウンドゼロは絶対に訪れておきたかった場所のひとつ。昨日エンパイアステートビルから見えたひときわ個性的なビルたちは4WCと呼ばれる新貿易センタービル群だったと判明。なにしろ、前に進まなくちゃね。


旧WTC跡地はこんな風に滝のモニュメントになっている。もちろん二つ。四方に犠牲者の名前が刻印されている。奈落の底は見えず、しずかに自分の白いため息が吸い込まれていくのをぼんやり眺めていた。2001年9月11日、わたしにとっては9月12日かな。朝中学校に登校すると社会科の先生が「すごいことが起こったぞ。これはな、歴史が変わるぞ」と力説していたのを思い出す。あれから12年、いま悲劇の現場に立ってみて…何も頭に浮かんでこなかった。とりあえずシュンとしてしまった。悲しい、悲しいねえ。誰だって傷つきたくはないし傷つけたくもないはずなのに、どうしてこんなことが起こるのだ。

眉間にしわを寄せて追悼記念ミュージアムもじっくり見ていたらあっという間に夕方になった。
もう一つ、NYでどうしてもやりたかったのがロックフェラーセンターでアイススケートである。人ごみを掻き分けてこの巨大クリスマスツリーが見えてきたときは感動した。『ホーム・アローン2』や『エルフ』、いろんな映画で見たアレだ!ギンギラまぶしい!
     


並んでいる間に氷上でプロポーズがあった。大勢のギャラリーに熱烈祝福されててマジでうらやましかった…いつかわたしと結婚したがる猛者とか現れるんだろうか。いや、ありえないな。ていうか万が一何かの間違いでプロポーズされたとしたら、多分それは何かの間違いなので全力で「よく考えたほうがいい」と止めると思う。

1時間以上外で並んで、40ドルくらい払ってスケートリンクに入ったんだけど寒すぎて震えが止まらず、10分程度で退散。それでも超満足。今もスローモーションで思い出せる、夢のように美しいひととき。半透明の銀盤にツリーの光が滴ってアイスキャンディみたい。はっぴーーー!クリスマスっていいもんだなあ、と素直に思った。

いよいよ寒さが厳しくなってきたのでホテル方面に戻りつつ、途中エンパイアステートビルディングの隣にあるロティサリーチキン屋でディナー。外にBreweryと書いてあったので無意識のうちに吸い込まれていた。運動(スケート)の後のビールは美味い。ブルックリンラガーとかそんなようなのをオーダー。旅行に行った時は基本的にその地名が入ったビールを選ぶようにしている。しっとりロティサリーチキンとなめらかマッシュポテトの組み合わせ、だあいすき。楽しい、おいしい、幸せ、幸せ。こんなに幸せでいいかしら。うん、いいんだよ。幸せになることは後ろめたいことなんかじゃない。代償を支払う必要もない。


Heartland Brewery Empire State店
212-563-3433
350 5th Ave. at 34th St
営業時間 月~日 11:00-23:00

写真見てたらまたチキン×マッシュポテト食べたくなってきたのでちょっとスーパー行ってきます…そして長くなったのでこのへんで一度切って、後編に続きます。

次回予告: ホイットニー美術館でアート気分の巻、自由の女神に会って自由ばんざいの巻、そしてジョン・ウォーターズ大先生のありがたい講話を聴きに行くの巻、以上三本立てでお送りします。お楽しみに!

2013/12/06

カナダの運転免許を取るの巻

実はわたし、日本の運転免許を持っているのだ。えっ?運転してるの見たことないって?そりゃそうでしょうよ、卒業試験から一回も運転してない筋金入りのペーパードライバーだからな、、、わたしにとって免許習得は大学入試センター試験よりずっと難しかったです。イヤア、苦手なものに手を出すもんじゃないねえ。相変わらず未使用のまま更新月が来てしまったけど日本に行く予定は当分ないのでこれを機にカナダの免許に切り替えることにしました。運転する気一切ないけど失効したら悔しいし。ちなみに国際免許というのもあるんだけど、それは一時的に旅行する時用であって、日本の免許と一緒に携帯しないと意味が無い。BC州の写真つきIDは免許証以外にBCIDというIDカードがあるので今まではそれを使ってました。運転しないけど身分証明書が必要という人はこれで十分。酒屋、レストラン、クラブやカジノでは童顔だろうが老け顔だろうが実際老けていようが必ずIDの提示を求められますが、パスポート持ち歩くのはこわい。よく考えてみたら日本で免許を取った理由って身分証明書が欲しかったからだったわ。日本って手軽に取れる写真つきIDがないよね…。

カナダで免許を取る場合は教習所に通わないでいきなり試験を受けるらしい。教習所に通わないでどうやって運転技術を身につけるかというと、免許持ってる人(一般的に家族)といきなり公道に出て練習するらしい。おいおいそんなんで大丈夫かいな。

わたしのように日本の免許と半年以上のビザを持っている場合は試験は免除でカナダの免許に書き換えできます。まずは領事館で日本の免許の内容を英語で証明する書類を作ってもらう。

 #900 - 1177 West Hastings St. Vancouver
 604-684-5868
開館時間 月~金 9:00-12:00/ 13:00- 14:30

Hasting × Bute のあたり、イケてるオフィスビルの9階に領事館はあります。悪名高いHasting stといっても危ないのはダウンタウン東のごく一部だけなのでご安心を。

領事館が入っているビルのエントランス

受付で番号札を取ってしばし待ちます。「○○番の番号札をお持ちのお客様」と電子音声が日本語で流れ、急に日本にトリップ。ここの手続きは日本語でオッケーです。いろんな証明書の作成や、わたしはネットで済ませた在留届の提出、カナダ人が日本に行くビザの相談などをしてくれるところらしい。

翻訳証明発行には、以下引用
 ○ICBC作成Foreign Driver's Licence Details (MV2943) 原本予め最寄りのICBC運転免許センター(当館最寄りのセンターは、ハイアットホテル地下、221-1055 West Georgia Street, Vancouverに所在。TEL: 1-800-950-1498)で申請書原本を入手され、当館までお持ちいただきますようお願いします。
○申請者名義の有効な日本の運転免許証及びそのコピー1部
○申請者名義の有効な日本のパスポート及びカナダ滞在査証
引用おわり、が必要とホームページに書いてあったけど実際は日本の免許とパスポート(ビザ)を見せただけ。 Foreign Driver's Licence Details (MV2943)とやらは事前に免許センターでもらうかダウンロードして記入しておくとスムーズなんでしょうが普通に窓口でももらえました。名前、住所、電話番号など簡単に記入。在留届は出しているかも聞かれ、出しているけど一度引っ越したので内容をアップデート。久しぶりに日本語で話しかけられると焦るわー。だって日本人って別れ際何て言うの?サヨウナラって言うのも変だし領事館の人にバイバイだとやっぱり変だし。いつもはSee yaとかHave a good oneとか言うんだけど。あ、「では失礼します」か。今思い出した。

証明書ができるのには一週間かかります。一週間後もう一回領事館に出向いて翻訳証明をゲット。受け取りの時も身分証明書が必要です。手数料25ドルを現金で支払い。


これを持ってICBCへ。ダウンタウンだとBurrard × GeorgiaにあるRoyal Centreというモールの地下にあります。BCIDを取るときもここ来た。

モールといってもショボいよ
一応Burrard駅と直結。

Burrard stはカナダに引っ越して来たばかりの頃よく歩いていた思い出深いエリアだったりします。しかしダウンタウン、どこもここも改装工事中だなー。まだまだ未完成な街。

ICBC免許センターはタイミングが悪いとめちゃくちゃ待たされるんだけどこの日はラッキーで10分くらいで順番が来ました。パスポートと、パスポートにホッチキス留めされたビザ、日本の免許証、さっきもらった翻訳証明を出して、手数料31ドルを支払い視力検査と写真撮影。なぜか髪の色、瞳の色、身長体重を聞かれます。カナダの交通ルールを口頭で簡潔に説明されて、仮免をゲット。二重で持ってるとややこしいからとかで日本の免許はこのとき没収されてしまうので、一応コピーを取っておきましょう。また日本の免許に切り替えたくなった時などに必要らしい。



免許カード現物は一ヶ月以内に自宅に郵送されてきます。2年間有効。これからも運転しないつもりだけど万が一の時は俺にまかせろ。バンクーバーの人は運転がめちゃ荒いです。交通量の多いところで堂々信号無視とかザラなので歩行者も普段から本当に気をつけてないと普通に轢かれる。ワークビザ取りにお隣のアメリカに行った時、運転してくれたニコが国境を越えた途端「あーアメリカの人は運転が上手で親切だなあ。安心、安心」と言っていたのが印象的でした。本当かどうかは知らん。ちなみにカナダの免許証はアメリカでも使えます。日本では使えません。


2013/11/29

The hives incident 蕁麻疹との戦い

水曜の朝、目が覚めると唇に違和感を覚えた。鏡見てびっくり。

\ナンダコリャーーー/

完全に一致

 唇おばけ!痛くも痒くもないんだけどとにかく腫れている。歩いた衝撃でブルンブル揺れて、身体全体が唇になったような気分だった。こんなの初めて。バイトに行って、帰ってシャワー浴びて、もともと風邪気味だったのですぐベッドに横になって休んでいると…で、でたー蕁麻疹!


子供の頃から蕁麻疹が出やすい体質なんだけど、ここまでひどいのは久しぶり。全身に世界地図のように炎症が広がり、さらに胸がドキドキして息苦しかったり耳も聞こえずらくなっていた。これは危険な状態。パニック状態で下階に降りてニコに「あわわわわわ I think I need to see a doctor」(病院に行かなきゃだめかも)と伝えると、何も聞かずに「まず落ち着いて、上着と保険証を持ってきて」とだけ言って車を出してくれた。車内でかゆいかゆい、こわいこわいと取り乱すわたしの手をずっと握っていてくれた。ちょっと泣きそうになっちゃう。

ぴーぽーぴーぽー
(救急車は有料なので自家用車の中で自分で言っている)
Vancouver General Hospital Emergency Department
920 W 10th Avenue
Vancouver, B.C. V5Z 1M9
604-875-4111

近所のウォークインクリニックはもう閉まっていたので総合病院の急患で診てもらった。ようやくカナダの国保MSPが活躍する出番が来た!月66.50ドルも払ってるんだもん、使わなきゃ。受付で保険証を出し簡単な問診を受け、しばらく待ち、奥で詳細な問診を受け、しばらく待ち、カルテ登録をして、しばらく待ち、やっと処置室へ。で、問診。て、同じこと何回言わせんねん!話通しておいてよね!

思えば唇が腫れたのが最初のサインだった。腫れるという単語を知らなかったんだけど今回覚えた。be swollenという。かゆいはitchy, 蕁麻疹はhives。息苦しいはhard to breathe, 耳が腫れて聞こえづらいはI have difficulty hearing now. My ears are puffy とか言って説明した。 アレルギーallergyは発音が難しく、アにアクセントでアレジーと言う。何に対してアレルギーはbe allergic to (何か)。I have no idea what I'm allergic to... 緊急外来では誰も彼も急いでいるのでこちらも急かされているようで、テンポよくはっきり病状を伝えるのが難しかった。もう必死。いつから、どんな風に、薬は飲んだか、何を食べたか。こんなの日本語でも難しい。 何かにアレルギーを起こしているようなのだが何も思い当たらない。化粧品や洗剤を変えた覚えはないし、いつもどおりお昼バイト先でまかないを食べて夜は適当にラーメンとか作って食べてた。5年くらい前に日本で精密に検査してもらったのだがその時も結局わからなかったのよね。単に身体が弱っているのかなあと思うけど。

海外ドラマで見たことある腕のネームタグ

処置室では注射を打ってもらって、その経過を見るために一時間くらいはそこに居たかなあ。この注射、けっこう副作用がキツくてクラクラした。携帯も持たずに飛び出てきたニコが暇そうだった。何話していいかわかんない。ドクターに「大丈夫だと思うけどまだ副作用があるかもしれないからしばらく彼女から目を離さないでね。君はボーイフレンド?フレンド?」と聞かれて「グッドフレンドだ」と答えていた。そこビミョーなんだから余計な事聞くなよな、ドクター!病院で過ごした時間はトータルで2時間くらい。not too bad, eh? MSPでカバーされたのでここでのお会計はナシです。

ドクターからの指示は手持ちのアレルギー薬を症状が収まっても飲み続けることと、それと一緒に飲むと効きがよくなる飲み薬を処方するからそれを飲めとのこと。23時までやってる薬局にギリギリ滑り込み。薬剤師のお兄さんがいい人で、ニコがオススメの咳止めはどれかと聞いたら無料のサンプルまるまる一瓶をくれた。なんでも聞いてみるもんだなー。わたしたち、同じ種類の風邪で苦しんでいるのだ。夜になると咳が止まらない。彼が先だったのでうつされたみたい。最近キスしてないのになんでだろう?ははは。

おうちに帰ったらニコがすきっ腹に薬はダメと言ってご飯をつくってくれた。や、やさしすぎる…でもブロッコリーが生だった…これフランスでは普通なのかい?


ニコが居て本当によかった。夜開いてる病院なんかどこにあるか知らなかったし、どうやって病院にチェックインするのかも知らなかったし、英語もよくわかんなかったし、超パニクってたし。自分で家賃払って税金払って保険料払ってすっかり大人になったつもりでいたけど、まだまだわたし赤ん坊のままだなーと痛感。ニコがいないと何もできない。彼がいつもいつまでもそばにいてくれたらいいなあと思うけど、彼は彼女は欲しくないみたいだしわたしも別に彼女になりたいわけじゃない。でも彼に他に彼女ができちゃったらさみしくて耐えられないだろうな。当分そんなことはありえない、と彼は言うけれど。

注射が効果テキメンで、蕁麻疹ほとんど消えたので次の日もバイトしてたんだけど、夕方になるとまた痒くなってきて前日よりもっとひどいことに。また同じ病院へ駆け込む。「昨日も来たんですけど」って言ったのにカルテめくりながら「えーとお腹が痛い人だっけ?」とか言われた。違います!

デジャヴ

また注射を打ってもらって、こんどは違う薬をもらってきた。しばらくバイトは休んで治療に専念します。しくしく being sick sucks!

2013/11/24

The Partygirl's Birthday Party

カナダで迎える二度目のお誕生日。当日は火曜だったのでわたしもルームメイトも仕事で疲れ果てていてパーティする気力がなく、自分でちらし寿司とケーキとミニシャンパンを買って一人誕生日会。

 
ハッピーバースデイトゥミー…
ハッピーバースデイトゥミー…

正直ルーメイトが何かしてくれるんじゃないかと少し期待していたのだがそんなことはなく、さすがにさみしかった…せめて大きいシャンパンとケーキを買ってむりやりみんなに振舞えばよかったのかもしれない。というか「誕生日なんだから何かおいしいものでも食べさせて!」と自分から言い出だせないのがいけない。26年間も生きてきて誕生日にひとりぼっちとはよほど性格に問題があるんだな、などと自己嫌悪に陥る。いいや、カナダではまだ2歳なんだから仕方ない。こんな時東京なら駆け込める酒場がいっぱいあるのに。

誕生日のことなんかすっかり忘れた金曜日、バイトから帰ると部屋にバラの花がー!贈り主はもちろん、ブログを読んでくれている人にはもうお馴染みのニコくん。さすがフランス人、ロマンティックね。アモーレ!(適当)「今夜はちいが好きな場所どこにでも連れて行くよ」だって。悪いのはわたしじゃなくて火曜日だったんだわ。

Mi ChiChiというのは「ぼくのちいちい」ということでいいのかな?
きゃーーーー(照)
 
そしてこの皿は!
わしが来客用に買ったちょっといい皿!笑

「ちいが植物を育てられないのは知ってるけど今度は枯らしちゃダメよ」と言われた。ぎくり。前にもらった鉢植えを即効枯らしたことも、今年の夏植えた紫蘇をすっかり忘れて庭に放置しているのもバレていたようだ。なんかこれってじっくり何か(人間関係とか)を育てるのが苦手なわたしの性格を象徴しているみたい…とまた自己嫌悪モード。

からーのー!パーティ!パーティ!幹事はわたし自身とニコだったんだけど、なんとなくゲストはルームメイトだけでシンプルにしようという流れに。仕事が忙しくて滅多に帰ってこない超美人CA・サマーが来てくれてうれしかった。あとは二人の兄ニコちゃんぴと、今月引っ越して来た新ルームメイトのルシア、わたしの五人で全力夜遊び。宅飲みからスタートして例のラテン系寿司屋でテキーラを煽り、最終電車に飛び乗ってダウンタウンへ。クラブ二軒はしごして午前6時帰宅。そこからまた宅飲みして宴は9時すぎまで続いたのでした。12時間トライアスロンで踊り続けさすがにボロボロ。足の裏の皮がむけちゃって痛い。あー楽しかった!

終電に間に合った記念写真

生きてて良かった。今年前半は本当に辛いことが多すぎて、もう生きていかれないかもしれないなって思ったこともあって…だからって死ぬわけにもいかないからとりあえず動いて。そしたら不思議な縁に生かされて、猛烈に楽しいことが立て続けに起こって、さらに一度は追い出されたカナダに戻ってこれちゃった。自分は全然努力してなくて周りの人が全部なんとかしてくれた笑。運命に逆らわない。(他力本願ともいう。)

26歳。同世代の友達が結婚出産したり、バリバリ働いて贅沢してるのを毎日毎日FBで見せられて焦らないことはない。同じ高校からバンクーバーにワーホリ来てる子たちもいるんだけど、みんなはちゃんと日本でキャリアと貯金を積んでから来てて。それに比べてわたしずっとフリーターで職歴無いし、貯金なんか当然無いし、ビザの関係でこの先少なくとも2年はファストフード以外で働けないし…。こないだの東京ステイが楽しすぎてまた生活拠点を東京に戻すことも考えたくらいだったんだけど、よく考えてみたらあのわずかな滞在期間に年齢のせいでいやな思いをしたことがけっこうあった。そんなの絶対納得できない。わたしはわたしが望んだものをちゃんと持ってるんだから、それがみんなの幸せと違ったって幸せ。楽しいことばっかり追いかけてふと気づいたらアラ?ってなったとしても、それはまたその時考えればいいし。今年を生き延びられたんだからもう恐いものなんかない。なんとかなるよ、きっと。なんとかならないことなんか、一つもない。そして何か出来そうで何も出来ない自分を卒業したいっていう野望もちゃんとあります。

わたしを生きさせてくれた全ての人にありがとう。ハッピーバースデーわたし。

2013/11/18

Love Letter to John Waters



ジョン・ウォーターズはわたしの宗教だ。いつから、どうして、彼の虜になってしまったのだろうと考えてみた。きっかけはかの有名な犬のウンコ食いシーンやロブスターレイプシーン、ではなく、彼がスポーツが大嫌いだと堂々宣言しているのを見つけた時だったように思う。
今日までぼくは頑迷なスポーツ嫌いを自認している。スポーツの話題が持ち出されれただけでも頭に血が昇る。「バーズの調子は?」無知なタクシー運転手がボルチモア・オリオールズの話題で和もうと話しかけて来ようもんなら、「スポーツは嫌いだ」と言い放って会話はおしまい。ぼくが男だからって、なんでスポーツの話をしたいと一人決めする?そんなのタクシー運転手の背中を叩いて、「ファスビンダーの最新作見たかい?もう最高だったじゃないか!」って言うようなもんだろう。友達がなにげなくスポーツ・イベントへの関心を漏らそうものなら、すぐに友情を考え直す。だってつまるところ、スポーツなんか大学の学問水準を下げ、騒々しく押しつけがましいテレビの「ビッグ・ゲーム」で休日の貴重な家族の団欒を 台無しにするだけのものじゃないか。すべてのスポーツは蔑まれるべき存在だ。
 こんな調子で延々とスポーツが嫌いな理由が列挙されている『悪趣味映画作法』のこの部分は何百回読み返しても涙が出る。運動を嫌いでもいいんだ。何かを好きであることが人の勝手であるのと同様に、何かを嫌いであることに他人の承認など必要ない。学校という閉鎖的な世界はこんな当然の事実を、意図的に、システマティックに殺す。報酬なしに校庭を十周走ったり、転がった玉を追いかけて喜んでいる犬人間に対して劣等感を持つ必要なんかない。かび臭い更衣室や跳び箱の裏でしくしく泣いていたひとりぼっちのわたしに手を差し伸べてくれたのがこのアメリカのカルト映画監督だったのだ。本業はたぶん映画監督。エッセイスト、スタンダップコメディアン、殺人事件研究家、お喋りの才能と犯罪への偏愛が高じて刑務所で授業を持った「先生」でもある。

現在刊行されている最新の著作Role Modelsにこれに非常によく似たエピソードを見つけてうれしくなった。
テネシー・ウィリアムズは幼少期の心の友だった。(中略) 『One Arm』を読み終わってわかったことは、教師たちがうそぶく「社会のルール」とやらに耳を貸す必要など全く無いということだった。 自分が関わりたくない連中に溶け込めないことなんか恐れなくていいんだ。テネシー・ウィリアムズには別の世界が見えていた。うんざりするほど陰気で退屈な「右ならえ」の世界―ぼくが所属しなさいと強要されてきた世界―の一部なんかになりたくない、特別な人々だけで構成された別の世界。
ジョン・ウォーターズは8ミリカメラを手に取り、この「特別な人々だけで構成された別の世界」を映画にして見せた。知らない人がこの記事の冒頭を読んだら何だと思ったであろう、女装したデブが本物の犬の糞を食べてニッコリ笑うラストシーンが印象的な『ピンク・フラミンゴ』が代表作。どの作品も一般的な映画の価値を一切欠いているにもかかわらず、特定の観客層に向けて抗いがたい電波を発し続けている。「ぼくのファン層は主に、自身のマイノリティーグループにも馴染めないマイノリティーの人たちさ」と彼は言う。「たとえばゲイなのにゲイコミュニティからはぐれてしまう人とか(これは彼自身のこと)、黒人の友達とうまくやっていけない黒人とかね。」

かくいう監督自身は、先に映画を観た人間がガッカリしてしまうほどマトモな人間である。唇の上に細く整えたヒゲと上質なスーツがトレードマーク。カソリックの上流家庭で大切に育てられ、NYUニューヨーク大学に在籍したこともある(ただしマリファナ所持で逮捕、一瞬で放校)。ショウビジネスでやっていきたいという志と、それに伴う才能は幼少期からはっきりしていた。アメリカ郊外の田舎町に生まれながらエキセントリックな仲間を見つけ、一緒に映画を作り「悪趣味の帝王」の称号を欲しいままにする。とはいえ、それは本人も自負する「趣味の良い悪趣味」だ。剃刀のような感性を持ちながら基本的に人間が好きなようで、尖ったジョークに温かさを隠しきれない。だから、彼はいつでも人気者だ。彼がどうして疎外感を感じているのか、何故わたしたちの心を揺さぶることができるのか、正直わたしにはわからない。誰かの孤独は、きっと本人にしかわからないのだ。

彼がドリームランダーズと呼ばれる仲間たちと共に故郷ボルチモアで撮りつづけた変人だらけのユートピアは、何らかの理由で疎外された人間の心に一筋の光をもたらしてきた。ジョン・ウォーターズを中心にたしかに存在した、まぶしい夢の世界。ゲロやウンコや暴力を90分間見せられて尚、ウットリしてしまう。

『ピンク・フラミンゴ』(1972)の現場。
後列左からメアリー・ヴィヴィアン・ピアース、ダニー・ミルズ、ジョン・ウォーターズ、デイヴィッド・ロカリー
前列左からディヴァイン、ミンク・ストール、イディス・マッセイ
 
『ピンク・フラミンゴ』の有名なビジュアル。
永遠のミューズ、ディヴァイン
 
エッグ・レディことイディス・マッセイ。
こんなに魅力的な女性はこの世に二人と居ない(もうあの世だけど。)

この雰囲気はとにかく映画を観てもらわないことには伝わらないわけだが、彼がやたらとこだわる街ボルチモアはトンデモ人間の宝庫らしい。『笑ってコラえて』で特集してくんないかな…。映画に出てくるイカれたキャストや、共鳴して集まったスタッフ陣=ドリームランダーズは全てジモティ。彼らは全くの素人どころか、それ以下―見ての通りドラッグやアルコールの依存症や知恵遅れ一歩手前ばかりなのだが、現場には酒もドラッグもマリファナさえも持ち込み禁止、アドリブは一切無しで台本通り綿密なリハーサルを行うなど映画製作に関してはなかなかストイックである(シラフであの芝居ができるなんてすごい)。こんな出来損ないの人間たちを死ぬほど真剣にさせてしまうんだからやはり映画には魔力があるし、また彼らを統率するジョン・ウォーターズのカリスマ性はまさしくカルト・リーダーと呼ぶにふさわしいだろう。映画の製作秘話はさきに挙げた『悪趣味映画作法』に詳しいが、田舎の変態少年少女が非行と映画製作に明け暮れ、やがてそのムーブメントがロスやNYに波及する狂騒が生き生きと描かれていて、60~70年代ごろの躍動感も相まって大変ときめく。ジョン・ウォーターズと愉快な仲間たちは本当に昔から親友だったんだなというエピソードも細かく記されている。これを青春と呼ばずに何と呼ぼうか。個人的には、というかファンは皆そう言うだろうが元祖ドリームランダーズが揃っていた『ポリエステル』くらいまでの初期の作品がオススメ。同じメンツが「またお前か!」という具合に顔を出していて和む。しかしいかんせんロクでもない人たちなのでドラッグ、AIDS、糖尿病などでとっくにみんな死んでしまった。健在のジョン・ウォーターズ本人やミンク・ストール、パット・モーランら皆ディヴァインと同じ墓地に墓を購入済みというから泣ける。場所はもちろんボルチモア。「友達とは家族の改善版である」と彼は言う。

ファンが残したキスマークだらけのディヴァインの墓。
お供え物は造花にメイクブラシ、アイライナー!

御年67歳のJW先生、2004年の『ダーティ・シェイム』以来映画は撮っていないものの、相変わらず執筆活動や講演会巡業など忙しくしている様子。死ぬ前に(彼がね)どうしても一度本物の神様に会ってみたいと願ってしまうのは信者として当然の事かもしれないが、なんと来月その夢が叶うことになった。彼は熱狂的なクリスマスオタクとしても知られていて、毎年12月になると各地でクリスマスショーを開いているのだ。ずっと気になっていてどうしても勇気が出なかったけど、このたび追い風に乗ってニューヨークまでひとっ飛びすることにしました。いえーい!どうせなら聖地巡礼を兼ねてボルチモアがいいなと思ったんだけど治安が死ぬほど悪いらしい(本当に殺される可能性アリ)。meet and greetというチケットを押さえてもらったので直接ご本人に挨拶したり、サインをもらったりできるそう。どうしようー考えただけで手が震える…!わたしこんなに幸せでいいのかしら?点と線が繋がって、ラッキーはっぴー100連発だった今年一年の集大成。かましてきますわ!

ニューヨークへ行きたいかー!おー!



【参考文献】
  • ジョン・ウォーターズ著, 柳下毅一郎訳『悪趣味映画作法』, 青土社, 1997
  • John Waters, Role Models, Farrar Straus & Giroux, 2011 (2013年11月現在 日本語版未訳。柳下さん訳してくださらないかしらん)   ほか
【参考URL】

JW師匠はずっと昔からブレずに同じことを言い続けているのではっきりしたソースがもはや不明。身分を隠してボルチモアからサンフランシスコまでヒッチハイクした21日間の旅行記Car Sickが来年にも発売予定とのこと。

2013/11/03

Halloween 2013

去年は憧れのセーラームンに扮したわたしですが、今年のハロウィンは…


これ!
て、クリスマスやないかーい!今年もアニメ系のコスプレをeBayで注文していたのですがいっこうに届かず、パーティ前日に買い物に奔走することになってしまった。広いカナダではネットショッピングしても配送にすごく時間がかかるし、配送中のトラブルで結局届かないという事も割とよくある。ま、a part of the risksかな。業者も慣れているのでアッサリresend(再送)かrefund(返金)してくれます。時間に余裕を持ったお買い物を…しくしく。BBクリームとかよくネットで買うの。なくなる前にオーダーしなきゃとわかってるのになかなかズボラなもんでね。

ハロウィン直前というか当日のハロウィン屋はもう品薄ガラガラでかなり焦りました。既にクリスマス商品が並び始めたValue Villageで「そうだ、ハロウィンにクリスマスというのはなかなか斬新かもしれない」とひらめき、4ドルのサンタ帽と3ドルのusedかつらを購入。そこからダウンタウンのセクシー衣装屋に移動し、店頭に並ぶ前のサンタワンピを倉庫から出してもらい購入…これがものすごい低クオリティな代物で39ドルもした。トホホ。まあコスプレ衣装なんてこんなもんか。XSサイズがあっただけよしとしましょう。

ハロウィン本番の10月31日は木曜日だったのでその前の週末にパーティする人が多かったみたい。わたしたち一行は行きつけの寿司屋で11月1日金曜日、遅めのハロウィンパーティ。この寿司屋がおかしくって、お客さんも店員も日本人が全然いなくてラテン系の人たちのたまり場になってるの。この日も友達のサルサバンドが演奏してみんな尻振りまくってました。やっぱりダンスではあの人たちにはとてもかなわない。付け焼刃じゃ身につけられない、血液中に溶け込んだリズム。クルクル回されたり、回したり、目が回っちゃう。そもそも二人一組で踊るのに慣れないし…あーダンス上手になりたいな。海外ではダンスは英語と並ぶ必須科目。

ニコに肩を抱かれてめちゃくちゃテレているわたし
(左手に妙な力が入っている笑)

シェアハウス大家のニコくんはオペラ座の怪人的な衣装をお友達に作ってもらったらしい。イケメンすぎて目が潰れるかと思った。「寒いよー」と言ったら「おいで」と言ってマントの中に入れてくれた…ああ、わたしの王子様!結婚して!相変わらずじれったい攻防が続いている不器用なわたしたち。とりあえず君は俺を好きだと早く認めろー!

ダウンタウンの人気クラブのハロウィンとかではないので来てる人のコスチュームも少々ユルめだったんだけど、アットホームでいいパーティでした。かわいいなと思ったのはスキーの仮装の人や、スタートレックのカップル。一緒に写真撮ってもらえばよかった。

寿司屋閉店後はうちに移動して朝8時くらいまで踊り狂い、一旦仮眠してお昼すぎに目が覚めたらもうみんな踊り狂っていた。昨日のパーティから流れてきた友人らがまだウヨウヨいる。外人の体力と、週末を楽しんでやろうという気合いは本当にすごい。

今この歌が流行っていて、エンドレスリピートで絶唱、合唱。

                         Lorde/ Royals

月始めで新しいルームメイトが2人来たのでハウスミーティング。いったんムジカ(ミュージック)はストップ。スペイン語は大学で第二外国語基礎を取っただけだけど、案外覚えているもので簡単な会話なら理解できる。ニコやほとんどの友達が話すフランス語を勉強したいけどまだ英語もままならないのに欲張っちゃダメよね。

サマー、ちひろ、ちゃんぴの三きょうだい

パジャマで会議出席。ルームメイト7人(今は居候が一人いるので8人)揃う機会はなかなかない。議題は自己紹介と、電気代を節約しようだとか掃除は分担しようだとかゴミの分別とかそういう事。ニコは「シェアハウスはコミュニティ」という事を強調していた。ちょっと最近ルームメイトに恵まれなくてバラバラになっていたので仕切りなおしということで。


暖炉に火を入れてパーティ再開。あ、あつい…。マンションなんかでもだいたい暖炉ついてるの見るとカナダらしいなーと思う。トータルで一年半くらいこっちに住んでることになるけど、「カナダらしい」ことに慣れすぎず、小さいことに驚く自分でありたい。さて今年もあっという間にお誕生日、クリスマス、お正月のパーティコンボがやって来るぞー!思う存分暴れるぞー!

2013/09/23

Girls Season2: I just wanna feel it all

物語の核心部分に触れないよう心がけていますが、若干のネタバレが不可避な事は容赦ください。
(シーズン1のレビューはこちら) 


ひどく疲れて乗り過ごし、見知らぬ駅で目が覚めた。持っていたクラッチバッグが見あたらない。当てもなくフラフラと歩き着いた海岸で誰かの幸せのおすそ分けのウェディングケーキを頬張る…。シーズン1のラストはたしかにさらなる波乱を予感させるものだったが、その続きはあまりに痛々しいものだった。20代の女の子たちが自分勝手な理屈を朗々と唱え、暴れ、傷つき傷つけあい、笑っちゃうのにチクリと胸を刺すような前シーズンとはだいぶトーンが異なっている。10のエピソードを通して自分の友達のように親しんだ登場人物全員がつまずいて転び、血を流したまま泣き叫んでいるさまを見るのはあまりに辛い。文字通り肉体的に傷つくメンバーもいる。後半、ハンナが壊れていく様子はかなり憂鬱でほとんど『ブラック・スワン』を連想させるくらいだった。日常の小さな痛みは病んだこころを十分に罰していく。

シーズン1はライター志望のフリーター、ハンナが実家から仕送りを打ち切られる場面から始まるが、シーズン2の冒頭ではしっかり者のマーニーが突然職を失う。長年の交際後別れた彼にすぐ新しい彼女ができたと聞き、親友のハンナとは大喧嘩し同居解消、今度は失業、さらに…。悪いことはいっぺんにやって来るものだ。NYでサバイブするために背に腹は変えられずホステス(日本でいう水商売とは少し違うが、まあ遠からず)の仕事を始めるが、プライドの高い彼女には耐えられない屈辱である。これにはハンナも「そりゃ私はカフェのバイトで日に40ドルしか稼がないけど、少なくともクリーンなお金だからね」と冷ややかな視線。「私ホステスなのよ。来年の私っていったい何してるんだろう。来週の私は何してるんだろう?もうどうしたいのか自分でもわからない。時々ね、『お前の人生はこうあるべきだ、今日すべき事はこれだ』って誰かが命令してくれたらいいのにって願うのよ」---ついこないだまで「私は(ハンナと違って)自分のやりたい事が明確にわかってる人間といるのが好きなの」と言っていたあのマーニーの台詞とはとても思えない。毎日まるでパーティに行くみたいなドレスを完璧に着こなし、確固たる信念を持って前だけを向いていたのに、急に歌手を目指し始めたり変な男と寝て勝手に傷ついたり元カレの職場に押しかけるイタい子になってしまった。「あんたに彼氏がいなくて私に彼氏がいる、結局それが気に食わなくてずっと機嫌が悪いんでしょ?単純な話じゃない」ハンナは正しい。それまで恋人の途切れなかった女の子が破局をきっかけにバランスを失うというのは割とよく聞く話。

ハンナの元彼で今はゲイのイライジャに
「少年少女合唱団(ビッチver.) 」と評されたコスプレ制服

一方ライター志望のハンナはweb媒体や電子書籍の仕事が少しずつ入るようになり、夢に向かって一歩駒を進める。今までの悪事や身勝手は仕事のネタのため、身体を張ってトラブルに突っ込んで行くのは後に続く誰かを救う使命感のため、というのは言い訳にも聞こえるが、物書きとしては正しい態度だろう。「私ったら利他的で、みんなの面倒を見て…」というのはいくらなんでも言いすぎだが、シーズン2では周りのせいで相対的に多少マトモに見える。ひょっとしたら彼女がクレイジーなのは異性関係においてだけなのかもしれない。アダムがずばり言い当てるように、彼女は自分自身を愛しすぎているのに他人からの愛され方がわからないのだ。異性に対する無遠慮な言動は甘えから来るものなのに、甘えるべきポイントではちっとも甘えられない。今となっては彼女が一緒にいるべき人間は誰なのかは明確なのだが、なぜかぐるぐる遠回りしている(これもネタ作りの一環か)。気まぐれなセフレだったはずがいつのまにか恋仲に、そして泥沼腐れ縁になるアダムの気持ちはシーズン2で明らかになる。ハンナの友人で、アダムにとってはただの顔見知りであるレイと二人きりで遠出することになってしまう第6話はお互いの好きな女の子の話でムキになるボーイズトークがかわいらしい。GirlsをとりまくBoysもまた、恋にキャリアに悩み悪戦苦闘している。中でもレイは深刻な状況で、職はあるもののなんと実質ホームレス状態であることが発覚し、一回りも年下の恋人ショシャナに「向上心がなさすぎる」とフラれそうな危機だ。レイの親友でマーニーの元カレのチャーリーはアプリの開発で成功しプチブルジョワに(失業直後のマーニーにはこれが堪える)。アダムは…無職のまま。Boysのキャリア問題はシーズン3でもっと大きなイシューになってくると睨んでいるのだが、なんとチャーリー役のクリストファー・アボットはシリーズ降板を発表した。がーん。

さらばチャーリー

シーズン2の途中で忽然と姿を消してしまったジェッサは次シーズンで戻ってくるようだ。彼女なしのGirlsなんてありえない。 ハンナの自分勝手はみっともないが何故かジェッサの自分勝手は最高にクールで、周囲の人間は大いに振り回されながらも夢中になってしまう。

「待ち合わせに早く来る人って大嫌い。すごく失礼」

ジェッサ演じるジェマイマ・カークは私生活でもレナ・ダナム(ハンナ)の親友で、TwitterやInstagramを見る限りどうやら彼女自身がジェッサというキャラクターのモデルになっているようだ。彼女はレナが手がけた長編映画Tiny Furniture (レビュー書きかけ未完、、、そのうち公開します)でもジェッサとほぼ同じキャラクターを演じているが、そちらでは一見カリスマ的な彼女の脆い部分を早い段階から色濃く見せている。誰よりも器用に見えて、本当は誰よりも不器用な人。ハンナの前でだけ涙を見せたり帰省に同行させるなど一目置いている様子だったのに、ある日「またね」と手紙を残したまま風のように消えてしまう。あることを理由に心身ともにボロボロになったハンナは彼女の留守番電話に向かって「この大ばか者、いったいどこに消えちゃったのよ!今頃世界のどこかでアソコにピアスでも開けてるんじゃない?何にせよ、あんたの幸せ願ってるわよ!愛してる!」と叫ぶ。「あんたがいなかったら私誰に話しかければいいの?拒食症みたいなマーニー?Fucking ショシャナ?ストーカーのアダム?」とも。これにはなんだかわたしが傷ついてしまった。ハンナは留守電になるのをわかっていてジェッサに電話したのだろう。彼女が今、たった一言素直に「つらい」と打ち明けられる人間は友達の中にはいない。女の子が4人集まったからって年中服を交換してパーティに出かけたり一緒にカップケーキを食べたりする必要はないが、では友達を友達たらしめている要素とは何だろう。ハンナとマーニーが悲惨な状況を言い出せず、互いに今にも泣き出しそうな表情で「絶好調よ」「ワクワクしちゃう」と電話で話す場面は本当にせつない。ここへきてシーズン1のアダムの台詞を思い出す。It's a bummer, but people do outgrow each other. (悲しいことに人と人はいつのまにか離れてしまうものなんだ。) outgrowというのは成長して服のサイズが合わなくなるというような意味で、ここでは一方の人間がもう一方を置いて成長しすぎてしまうか、または双方が違ったベクトルで成長してしまいもう合わなくなってしまうということを言っている。シーズン2最終話のタイトルはTogetherなので、これはてっきりハンナとマーニーが再びtogertherという意味だと思ったのだが予想が外れてしまった。


締め切り当日の原稿用紙に記されているのはたった一センテンスだけ。その書き出しはこうだ。
A friendship between college girls is grinder and more dramatic than any romance....(女子大生の友情はどんなロマンスよりも壮大でドラマティックだ)。ハンナはこの続きに何を書こうとしていたのだろうか。