バンクーバー在住6年目、世界を股にかけるフリーターちひろうさぎの日記と映画レビュー。

2014/11/17

Cinema Review: Nymphomaniac (2013)


 Nymphomaniac vol.1/vol.2 (2013) vol.2 日本公開中 日本版公式サイト imdb 予告編


雪の舞う暗い裏路地に女が倒れている。服は汚れ、血を流しているようだ。「救急車を呼びましょうか?」通りがかった初老の男が尋ねる。「いいえ、大丈夫です。お茶を一杯ください…」「路上でお茶を出せませんよ。うちにおいでなさい。ちょうどさっきケーキも買ったところなんだ。」

「それで、いったい何があったんです?」疲弊した女は静かに口を開く。「I'm just a bad human being. わたしは悪い人間なんです」


こうして始まった二人の対話形式でNymphomania=色情狂という十字架を背負った女性・ジョーの受難の半生が回想される。各二時間の二本構成、八章四時間。『ダンサー・イン・ザ・ダーク』や『アンチクライスト』のラース・フォン・トリアー監督だから、あのノリで四時間…と覚悟したが(しかも二人の喋り方がボソボソして退屈)、「そんでそんで?次はどうなった?」とすっかり引き込まれてしまった。明らかに狙って仕掛けてきているシュールな笑いと、映像効果と、意表をついた選曲が楽しい。語り手ジョーは淡々と語り、本の虫である聞き手セリグマンは神話学、音楽、美学のウンチクを参照しながら彼女の闇を探検する。


ジョーはセックスを知る前からオーガズム体験にとり憑かれ、15で初体験を済ませてからは数え切れない程の男と寝るようになった。思考や感情は死んで、快楽のためだけに身体が動いてしまう。こんなテーマだからもちろんR18指定で、日本公開版ではモザイクがかかっていたらしい。ジョーを演じるのは言わずもがなセルジュ・ゲンズブールとジェーン・バーキンの娘のシャルロット・ゲンズブール。回想の中の若いジョー役にはモデルでこれが映画デビューとなるステイシー・マーティンが大抜擢された。二人ともオッパイも性器も出しまくってるが、そういったシーンは別撮り吹き替えで、プロのポルノ役者が演じている(チッ)。この映画にポルノ要素を期待するのも(そんな人いないか)ポルノ要素のせいで敬遠するのも間違いで、モザイクをかけるのもお門違いだ。セリグマンを演じたステラン・スカルスガルドはこう発言している。「ポルノというのは人を欲情させる目的で作られたもので、まあ早い話が自慰したくなる対象だ。それなら『ニンフォマニアック』はポルノとしては出来が悪すぎる。」


セックスが大好きなのは食べるのや寝るのが大好きなのと同じでまったく自然なことだ。食べ物にさして関心がない人やあまり寝ないでも平気な人がいるのと同じで、セックスに興味がない人がいてもこれも別に不思議ではない。欲情のスイッチが「普通でない」人もいる。いずれにせよ自らのセクシャリティを飼い慣らし、仕切られたベッドルームに留めておける限りは「普通」と呼べるだろう。しかし平穏な生活を脅かすような特殊な性癖、とくに禁じられた性癖を持って生まれた人間は想像を絶する孤独を背負って生きる。映画の中のジョーは明らかに異常で、彼女にとってのセックスはドラッグそのものだ。ただセックスが好きなのとはわけが違くて、抗うことのできない強烈な欲望に振り回され他人や自分の人生を壊してしまう。快楽より苦悩のほうが大きく育っても止められない。コメディ要素と、探求というニュアンスの強いvol.1では笑って見ていられたけど、はっきりと破滅へと向かうvol.2は目を背けたくなるほど痛々しかった。そんなvol.2が断然好き。

ジョーは物語の終わりに「ありがとう、最初の友達セリグマン」と言うが、彼女にはかつてBという幼なじみがいた。性の芽生えを共有したヤリマン仲間だったが、彼女は誰かを本当に愛したことをきっかけに'引退'してしまった。「あんたセックスのこと全部知ってるつもりでいるの?セックスの秘密の材料は愛なのよ。」ジョーもやがて恋をするが、性と愛の折り合いをつけることができず激しく苦悩する。


『ニンフォマニック』と同じくセックス依存症を扱っている、と言われている映画に『SHAME』がある。やっぱり日本公開版はモザイク入りで、こちらはNYに住むリッチな独身サラリーマンが主人公だ。ポルノサイトを閲覧したり、頻繁に自慰をしたり、時々はナンパでヤレちゃったり、お金でセックスを買ったり、はっきり言って彼の性生活は普通すぎるほど普通なのだが、その全てがネガティブな感情に結びつき心を蝕んでいくという点で病的だ。(そういえば依存症のせいでまともな仕事もできないジョーがセックスでお金を得るという発想に至らなかったのはどうしてだろう。)さらに彼はセックスと恋愛を結び付けられず、感情を持ってしまった時点でセックスができなくなってしまう。愛のないセックスを汚らわしいと思う者がいる一方で、セックスに愛という不純物を持ち込めない者もいる。理由はさまざまだけれど。

いつか欲望が満たされる日はくるのだろうか?「Fill all my holes. わたしの穴を全部満たしてよ。」せつない言葉だ。ウディ・アレンは「人生の空虚な部分をオーガズムで埋めようと思うと大変だ」と言ってたっけ。

もう少しで消えそうだった心の中のシミが浮き出てきて、観た後何日も自分の感情と戦う羽目になった。獣は死んだわけじゃない。今は大人しくしているだけだ。

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